東京オリンピックの新エンブレムが決まったようですね。
以前に書いた「デザイナーの僕が感じる、五輪エンブレム盗用疑惑について」という記事が、『オリンピック エンブレム』などのキーワードで上位に表示されているので、いまだにエンブレム関連のアクセスが多かったり、いろいろなコメントが入ったりします。
批判を承知であの記事について解説すると、僕はもともとオリンピックのエンブレムにそれほど興味があった訳でもなく、あの当時たまたま佐野さんのエンブレム盗用疑惑が出ていたので、ちょっと気になり当時の募集要項や佐野さんの経歴をネットで調べ、それらを踏まえてグラフィックデザイナーとしての自分なりの考えを書いただけ。それ以上でもそれ以下でもありません。
当時の僕は「佐野さんのエンブレムがオリンピックらしくない」と言われているのを聞いて、歴代のエンブレムを初めてネットで確認していました。
それぐらい、もともと『オリンピックエンブレム』というものに思い入れがなかったのと、世間がオリンピックのロゴで大騒ぎしている間も、僕は本来の仕事であるデザインの方が忙しかったので、佐野さんのロゴよりも自分が作っているロゴ製作でいっぱいいっぱいだったのが正直なところ(笑)
ただ、当初はそれほど思い入れがなかったオリンピックエンブレムの記事に、たくさんの批判コメントと、たくさんの肯定的なコメントをいただくなかで、自分なりにも色々な思いが湧いたのも、また事実。
今回は『自分なりのオリンピックエンブレム総括』として、以前に頂いていた佐野エンブレムに対するいくつかのコメントをピックアップして、自分なりの考えでお返事しようかと思います。
それでは早速。
ロゴデザインに共感性は必要か?
こちらは、2015年8月に3semiさんという方から頂いた質問です。
こんばんは。通りすがりのグラフィックデザインを仕事をしているものです。
デザインは、共感性 だと、私は習ってきました。
通常の仕事も『より多くの人に共感でき、利益を生むもの』をあたまに置いてグラフィックデザインの仕事を受けておりますが、ロゴデザインに共感は不必要だと思われますか?
3semi
僕は当時、この質問に対してこんなお返事をしています。
ロゴに関していうと、お店や会社・商品の特徴を、よりイメージしやすく、かつシンプルなデザインが良いと思っています。
高級レストランのロゴに手書きのゆるい書体だったり、低価格を売りにしている大衆居酒屋のロゴに硬い明朝体を使っても、見た人がお店の特徴をイメージしづらいですよね。
そういう意味では、見た人が商品をイメージしやすいデザイン=共感性は必要だと思います。
ただ、今回の五輪エンブレムの件でいうと、デザイン云々以前に「このロゴはパクリだ」ということに、世論が共感してしまっている印象を受けます。
「このロゴはパクリだ」という先入観がある状態では、『デザインの善し悪し』を純粋に判断できないのが通常だと思います。
そういう意味では、世論から共感を得られない、純粋な目で見ることが出来なくなってしまった今回の五輪エンブレムは、不運というか残念に思います。
僕の当時のコメントはさておき、やっぱりロゴやデザインには共感性って必要だと思います。
『共感性』でググると、『共感とは他者と喜怒哀楽の感情を共有することを指す』と出てきましたが、僕の中では『ロゴやデザインの共感性』というのは、感情というよりはイメージ。共感性というよりは『共通認識』に近いかもしれません。
例えばあるお店に、他店のショップカードが置いてあったとします。そのショップカードにはシンプルで柔らかいイメージのカフェっぽいロゴが、さらっと入っています。紙もナチュラルな感じ。
このショップカードのデザインやロゴを見て、まだ実際にお店に行ったことがなくても『あ〜柔らかい家具や雑貨に囲まれた、やさしい感じのカフェなのかな〜』と、お店の雰囲気をイメージできるデザイン。
そういった、誰が見ても同じようなイメージを認識する共通認識、誰が見ても共通で感じるイメージ。という意味でいうと、『デザインでいうところの共感性は大切』というか、むしろ基本だと思います。
そんなオシャレなショップカードなのに、実際に行ってみたら『歌声喫茶』みたいな騒がしい雰囲気だったりすると、シャレにならないですよね。それはそれでありなのかもしれないけど…。
アルファベットや数字への展開案が解読不能
こちらは、最近むにょすさんという方から頂いた質問です。
はじめまして。
ぶしつけな質問で恐縮なのですが、Yoshinari.Tさんが「佐野さんのエンブレムをアルファベットや数字に展開した図の一覧、最下段右半分を占める4つか5つのマークはそれぞれ何と読むのか」おわかりでしたら、教えていただけませんか?今さらな上に、低レベルかつ、デザインそのものや経緯の良し悪しとまったく関係ない話で申し訳ありませんが、実は当初から今に至るまで、エンブレムをアルファベットなどへ展開した一覧の図がうまく読めません。デザインとは縁もゆかりもない人間だからでしょうか……。
「アルファベットや数字に展開する」という情報を念頭に置き、順番に並んでいると意識すれば、時間はかかるけれど読めます。
ですがそれは元々なんのマークか一目で理解しているわけではないので、数字のゼロ(ですよね? 正直、自信がありません……)まで終わると、その先に何が書かれているのか推測できず、読むことができません。いまだに何が書いてあるかわからずモヤモヤしています。
乏しい語彙ながら検索して解説を探したのですが、私のように読み取ることができなかった人間はよほど少数派なのか、見つけられませんでした。
教えて頂けたら嬉しいです。
すでに解説がネット上にありましたら恥ずかしい限りです。むにょす
むにょすさん、心配ありません。デザイナーの僕からしても、このアルファベットの展開例は確かにわかりずらいと思います。
ただ、デザインの世界では、こういった『文字をいったん壊して再構築する』ような手法がよく使われます。
例えば、これとか。
これなんかも。
なので、今回のアルファベットへの展開案も、デザイン的な手法としては決して新しいわけではありません。が、そう簡単に作れるもんでもありませんが…
少し解説すると、この展開案は『T』という形を9つのグリットに割っているところがミソ。
佐野さんが、エンブレムの『T』というデザインが出来上がった段階で、それを9つのグリットに分けてアルファベットに展開する案を考えたのか、初めから9つのグリットに分けることまで考えて、エンブレムのデザインを作ったのかはわかりませんが、アルファベットの展開案に関していうと、この『9つのグリットに割るというアイデア』から、全てが始まったものと思われます。
たとえば『T』を一度分解して、再構築してできた『A』。
まさに、上で紹介したレゴの広告のように、『ブロックで文字を作る』感覚です。
で、これらを踏まえたうえで、むにょすさんからのリクエスト「そもそも何て書いてあるの?」ですが、一応僕もデザイナーとして長くやっているので、最初はこのリクエストなめてかかっていました。
「いやいや、それぐらいわかるでしょ」っていう感じ。でも、実際解読しようとすると、確かにむにょすさんのいうとおり途中まではわかる。アルファベット順に読んでいけばいいので。ただ、一番下段の右から5〜6個あたりから難解に…。
ということで、とりあえず自分なりに解読してみました。間違っていたらごめんなさい。
最後の方は、きっと記号だと思います。
『ここまで展開する必要があったのか?』と少し疑問ですが、最終的にはホームページのアドレスなんかにも展開しようと思っていたのかもしれませんね。超読みずらいでしょうけど…
ちなみに検証るすうえで、こんなアプリを見つけました↓
「TOKYO2020 Generator」というものらしくて、アルファベットを入力すると佐野さんのアルファベットデザインを表示させることができます。(ただ、最後の「/」と「_」の出し方がわからなかった…)
電源マークみたいなボタンを押すと、入力できるようになります。画像としてダウンロードもできるようですが、使用は個人の責任で行ってください。
2016年8月21日追記:TOKYO2020 Generatorというアプリは今は使用できなくなっています。
パラリンピックエンブレムのモチーフであるイコールがなぜ90°回転しているのか?
こちらも同じく、むにょすさんから。
こんなありさまなので、個人的に佐野さんのデザインの良し悪しについては「まったくわからない」としか言いようがなく、パラリンピックエンブレムのモチーフであるイコールがなぜ90°回転しているように見えるのかさえわからず、唯一の感想は「下に読みやすい字で内容を補足してほしいな」という残念なものでした。
批判も中傷も擁護も解説もすべてピンと来ないため、まるでファンタジーの世界のできごとです。真剣に考えている方々に申し訳ないです……。むにょす
むにょすさんがおっしゃる『パラリンピックエンブレムのモチーフであるイコールがなぜ90°回転しているように見えるのかが、わからない』とのご質問ですが、パラリンピックエンブレムを『=』と読ませるのは、そもそも『こじつけ』だと考えると、より理解しやすくなるのではないかと考えます。
そこを踏まえて、まずは佐野デザイン1つ目のアイデア。
パラリンピックと五輪のエンブレムは形が全く同じ。違うのは配色だけ。これは、『健常者も障害者も違いはない、同じである』という意味を込めての『平等』を表していると言われています。
そして、佐野デザイン2つ目のアイデア。
パラリンピックエンブレムの配色を変えて90度回転させると、『平等を表す=』と読み取ることができる。
平等を表す『=』をモチーフにするのなら、『なぜ初めから=を横にしないのか?』と思われるかもしれませんが、『=』を横にしてしまうと、1つ目のアイデアである『パラリンピックと五輪のエンブレムは形が全く同じ』という条件を満たせなくなってしまいます。
オリンピックとパランピックの形が全く同じ、そして平等を表す『=』とも読めるという2つのアイデアを同時に活かすためには、『左右の二つの縦棒を=と読ませる』『90度回転しているけど、=と読ませる』必要があったのです。
形が同じオリンピックとパラリンピックのエンブレムが『平等を表す=』とも読み取れる。
こじつけと言われればそれまでですが、これは当時の『オリンピックとパラリンピックを統合(対)するアイコンになっているか』というオリンピック委員会からの募集要項をクリアしつつ、共感性も生まれそうな見事なアイデア。
こじつけと言うと聞こえが悪いかもしれませんが、これはデザインの世界ではよく使う手法で、例えば先ほど紹介した『動く』という広告を再登場させると、『動』という漢字の『力』の部分が、『人が動いている写真』になっているのも、こじつけといえばこじつけです。
広告自体を面白く印象的なものにするために、これで『動く』と読ませる手法なので、『たとえ読めなくてもOK』なんだという世界。それがデザインということになってきます。『こじつけ=アイデア』なんですね。
個人的には、オリンピックとパラリンピックを統合(対)に見せるために、この2つのアイデアを盛り込んだ佐野さんのデザインは、いまだにスゴイと思っていて、もしかしたら偶然『=』に見えたから、それを活かしただけなのかもしれないけれど、同じデザイナーとしては、ただただ感心です。
新エンブレムって、どうよ?
こちらも最近頂いていた質問です。
今回決定されてたのエンブレムをデザイナーの観点から見てご意見などを伺えれば幸いです。
突然の質問で
今回、あらたに採用が決まったエンブレムがこちら。
組市松紋(くみいちまつもん)
歴史的に世界中で愛され、日本では江戸時代に「市松模様(いちまつもよう)」として広まったチェッカーデザインを、日本の伝統色である藍色で、粋な日本らしさを描いた。
形の異なる3種類の四角形を組み合わせ、国や文化・思想などの違いを示す。違いはあってもそれらを超えてつながり合うデザインに、「多様性と調和」のメッセージを込め、オリンピック・パラリンピックが多様性を認め合い、つながる世界を目指す場であることを表した。東京2020大会エンブレム
そして、今回最終選考まで残った作品がこちら。
今回の新しい募集要項などを把握していないのでなんともいえないのですが、あくまでも前回と同じ募集要項(「オリンピックとパラリンピックを統合(対)するアイコンになっているか」「多様化するメディアでの自在な展開性に耐えうるデザイン」)だったと過程すると、最終選考に残った4点の中では、やはり一番A案の『組市松紋(くみいちまつもん)』が諸々の条件をクリアしているのではないかという印象です。
パッと見た印象はB〜Dの作品たちのほうが華やかで、歴代のオリンピックエンブレムの流れを汲んだ作品だとは思いますが、『オリンピックとパラリンピックを統合(対)になっているか』と言わると、『どうなんだろう?』と思ってしまいます。
その点、今回採用されたA案は、形の違う3種類の四角形という要素だけで構成されているようなので、『オリンピックとパラリンピックのデザインは違うけど、使っている要素は同じ』という意味では、うまく統合されているのかなと思います。
もう一点、B〜Dの作品たちは、単体で見たときには華やかで良いのですが、多様化するメディア(インターネットや動画)などの展開で使用するには、少し難しいような気がします。
その点、今回採用されたA案であれば、分解して色々な展開での拡張性を容易にイメージすることができるので、今回採用された『組市松紋(くみいちまつもん)』が、やはり一番妥当ではないかと思います。(すなわち、前回の佐野エンブレムに一番近いということなんですが…)
まとめ
今回あらたに決まったデザインが好きか嫌いかは個人差があると思いますが、僕は正直好きでも嫌いでもありません。
ただ、今回のエンブレムが決まる前に、いくつかの優秀な作品が『すでに存在しているデザインに似ている』という理由から、最終選考から漏れたという話を耳にしました。
詳しい経緯はわかりませんが、個人的には、その『すでに存在しているデザイン』が「特許を取得していたデザインだったのか?」、「作った本人が意図していないのに、偶然似てしまっただけではないのか?」というところがとても気になります。
オリンピック委員会が現在の風潮を考慮して、少しでも怪しいものは戦う前から全て排除したのだとしたら、制作者が可哀想だし、本来あるべき姿ではない気がして残念です。
素晴らしい回答ありがとうございます
素人には難しいのですが、デザインの奥深さに共感をいたしました。
赤の他人のとつぜんの質問に答えていただけて感謝しています。
この記事のおかげで疑問が氷解しとてもスッキリしました。
まさか半角記号とは! 想像だにしませんでした。実のところ、全角記号しかないと思いこんでおり、コロンとセミコロンで+(プラス)を形成しているものと勘違いしていたため、目から鱗が何枚も落ちた想いです。とくにアポストロフィーやセミコロンはまったく考えもしませんでした。「最終的にはホームページのアドレスなんかにも展開しようと思っていたのかもしれませんね。」という一文で合点がいきました。
いずれも『文字をいったん壊して再構築する』という手法の文脈があればこその展開だったのですね。
パラリンピックエンブレムについての解説中にある『たとえ読めなくてもOK』という発想も驚きました。ですが、最も重要な点は別にあり、それが伝わりさえすれば十二分に機能しているので、良いデザインには違いありませんね。
驚きと同時に、今とてもいい気分です。
本当にありがとうございました。