グラフィックデザイナー独立奮闘記

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デザイナーの僕が感じる、五輪エンブレム盗用疑惑について

デザイナーの僕が感じる、五輪エンブレム盗用疑惑について

話題の五輪エンブレムの盗用疑惑について、デザインを仕事とする人間としての、いち感想です。

疑惑をかけられているデザイナー「佐野氏」のことは、恥ずかしながら今回初めて知りました。一応記事にするということで経歴を少し調べたのですが、多摩美術大学から博報堂を経て独立。(MR_DESIGNを設立)過去にADC、JAGDAなど数々の賞も受賞している、輝かしい経歴の持ち主のようです。

要素が似ているのは間違いない

そんな佐野氏が今回作った2020年東京五輪のエンブレムに、盗用の疑いがかけられています。いわゆるパクリ疑惑です。

「お前、俺が作ったデザイン、パクっただろ!」と主張している、ベルギーの劇場「Théâtre de Liège」のロゴと、佐野氏がデザインした五輪エンブレムを並べてみました。

オリンピックロゴ

二つ並べると、確かに似ています。僕も最初は「パクったのかな?」とも思いました。ただ、今回の五輪エンブレムが出来上がる過程で行われたコンペや、佐野氏の過去の経歴なども含めた記事を調べたりしているうちに、佐野氏は『白』じゃないかと思うようになりました。今回は、自分のデザイナーとしての経験も踏まえたうえで、そう考察するにいたる経緯を解説します。

そもそも意識の低い人が参加できるレベルのコンペではない

まずは、今回のエンブレムを作るうえで行われたコンペ。これがなかなかすごいです。五輪エンブレムなので、当たり前といえば当たり前なんでしょうが、そもそもの参加資格がかなり厳しい。

応募資格があるのは、東京ADC賞やTDC賞、ONE SHOW DESIGNなど組織委員会が指定した国内外の7つのデザインコンペのうち、2つ以上を受賞しているデザイナー。

出典 2020東京五輪 エンブレムデザインの募集開始 | Fashionsnap.com

 

このハードルがどれだけ高く、また権威があるかという知見を広めていただくという点からいくつかご紹介しましょう。

・東京ADC賞
1952年創立のアートディレクターズクラブが毎年開催する広告賞。主に大手代理店(DとかHとか)が関わった作品が多く受賞しています。ビジュアルだけでなく、コピー等トータルとしてのメッセージ性が強いものが選ばれる傾向が強い。日本の広告賞の最高峰とも言えます。

・D&AD賞
イギリスで開催される、デザインの総合賞。あらゆる分野におけるデザインが対象となり、建築や環境デザインまで部門が沢山あるのが特徴。分野の広さもさることながら、野心的な作品が応募される事が多い。応募点数も数万点に及ぶとの事。

・ニューヨークADC賞
その名の通り、アメリカの超有名な広告賞。受賞作品はD&AD賞とは対照的に、伝統的なグラフィックデザイン・イラストレーション・写真などが対象です。伝統的な広告作品にとっては世界最高峰の賞のひとつです。

ちなみに、佐野さんは上記3つは全て最高賞を受賞してます。

8月13日 加藤 僚一氏のフェイスブック投稿からの引用

東京ADC賞やTDC賞と言われても、僕のような地方都市の小さな広告代理店につとめる人間にはまったく縁がありませんが、これらの名だたる賞のうち、2つ以上受賞しているデザイナーという参加資格が、すでにものすごいハードルの高さなのはわかります。つまり、今回の五輪エンブレムに採用されるためのコンペに参加できるのは、本当の意味でトップのデザイナーのみ。逆にいうとトップのデザイナー以外はコンペに参加すらできないのです。

そして、このコンペには104人もの名だたるデザイナーが参戦しました。これだけの実力を兼ね備えたデザイナーが競い合った今回のコンペでは、想像を絶するような発想とクリエイティブな作品がしのぎを削ったことは間違いないでしょう。そして、この超難関なコンペ、トップクリエイター104人の頂点に立ったのが佐野氏。

ここで、まずひとつの疑問が。

そんな超難関なコンペに出す作品を、『どこかの作品をパクってなんとかなるだろう』なんて考える意識の低いデザイナーが、この104人の中に1人でもいたのだろうか?

デザイナー経験者であれば、これほどのメンバーが集まるコンペでの、作品のレベルがどれだけ高いのかが、想像できると思います。このコンペの概要を調べて僕がまず感じたのは、世間で騒がれているような、二つのロゴをただ並べて、その印象から『パクった』『パクってない』とか言ってる、素人レベルの話ではないということです。

そもそも賞金が目当てではないのに、パクってまで頑張るのか?

今回のコンペの賞金は100万円だそうです。

当選作品に対する賞金・エンブレム制作と著作権譲渡対価は100万円(税込)。

出典 2020年東京オリンピック・パラリンピックの大会エンブレムデザインを募集 | マイナビニュース

デザイナーがロゴを制作して、その対価が100万円と聞くと、一般の人は「高い」「高すぎる」「ボッタクリだ」と思うかもしれませんが、今回のコンペ規模で考えて賞金100万円というのは、しがないデザイナーの僕でも安いと感じます。

デザイナーが、これらのロゴを完成させるために費やした時間は、1時間や2時間ではありません。おそらく何十時間、何百時間でしょう。完成したロゴだけを見て「これで100万円!?これなら俺でも作れるよ」と思う一般の方は、そのことがわかっていません。

国家プロジェクトでもある五輪エンブレム、新国立競技場のデザイン監修料が13億円ということを考えても、100万円が決して高いとは言えません。僕らでさえ、そこいらの飲食店のロゴや、いち企業のロゴを作っても10万円ぐらいのデザイン料をいただくことがあります。

そして、今回の件でいうと「このレベルのデザイナーたちが、100万円という賞金を獲得するためだけに、この超難関なコンペに挑戦しようとするだろうか?」という疑問があります。

このレベルのデザイナーであれば、100万円のデザイン料金というのは決して高くはないはずです。104人のトップデザイナーの中で100万円を獲得できるのは1人だけという競争率、賞に入らなかったことのリスクを考えると、とても割に合う仕事ではないはずです。

それでも、104人もの一流デザイナーがこのコンペに参加した理由は、佐野氏も会見の中で言ってましたが、「自分のキャリアの集大成」として参加している人がほとんどのはずです。おそらく、たいていの方がお金よりもデザイナーとしての名誉や誇り、意地とプライドをかけてこのコンペに参加したのではないかと思います。

「そんな高い意識でコンペに参加しているデザイナーが、人の作品をパクって戦うとはとうてい思えない」というのが、僕の率直な感想です。

一般の方とデザイナーでは、デザインの見方が異なる

こちらの会見、僕も一通り目を通しました。1時間ぐらいあります。この会見で記者から「今回問題になった二つのロゴが似ていると指摘されていますが、どう思いますか?」と聞かれた佐野氏が、「最終的な形にいたる過程や、そもそもの発想が違うので、似ているとは全く思いません」というやりとりが、何度かありました。

この会見を見ていて、一般の方や記者の方が問題の二つのロゴを見て、「最終的な形にいたる過程や、そもそもの発想が違う」と言われてもあまりピンとこないのではないかと思いました。質問した記者の人も今ひとつ腑に落ちていない様子が伺えます。

佐野氏が会見で言っていたのはこういうことです。

まず東京オリンピックのエンブレムは「T」をモチーフとしている。「Tokyo(場所)・Team(結束)・Tommorow(未来)」の「T」だ。そのデザインに3つのメッセージを持たせることで、東京という街(あるいは日本という国)の世界のスポーツ祭典にかける意気ごみを表現しようとしている。

ベルギーの劇場「Théâtre de Liège」も別の課題に応えようとしているのだろう。しかし、課題がオリンピックとはかなり違う。こちらのロゴは「TL」をモチーフとした古典的にグラフィカルなマーク。

「五輪エンブレム、盗用疑惑にかき消されたデザインの真意」現代ビジネスからの引用

今回のロゴのようにシンプルなデザインの場合、偶然既存のものと似てしまうことがよくあります。ただ、一見シンプルな形に見えるロゴも、デザイナーがその形にするまでには、たくさんの思いを込め、たくさんの意味付けを行い、たくさんの試行錯誤を経て作っています。

むしろ、シンプルな形にも関わらず、たくさんの意味や思いが込められているのがロゴデザインの醍醐味でもあります。ただ、その制作過程やロゴの持つ意味を、デザイナーとしての専門的な解説をしたところで、制作の経験がない一般の方には伝わりづらいのが現実です。

僕に例えて言うと、ワインの味がさっぱりわかりません。100万円のワインと3000円のワインを飲み比べても、きっとどちらが美味しいのかわからないでしょう。専門家から、どこで作られたのか、どのような歴史があるのか、どのように作られたワインなのかという説明を聞いたところで、分からないものは分かりません。ワイン好きやワインを扱う職業の人にはその違いが分かっても、僕にはワインの味が「酸っぱい」としか感じないのです。

違いが分からない人に、いくら説明したところで「似てるものは、似てる」としか理解されないはずです。いっそのこと「確かに形は似ている。ただ、それは偶然だ」ぐらいの説明の方がいさぎよく写ったかもしれません。

もうひとつの疑惑について

この記事を書き始めた8月13日の時点では疑惑だった、トートバッグ(佐野研二郎のこれまでの作品を徹底調査したら大量にパクリが見つかった)の件ですが、14日の時点で正式に佐野氏が流用及びトレースを認めた(MR_DESIGNホームページ内の謝罪文)ので、疑惑ではなくなってしまいました。

これは佐野氏のデザインコンセプトをもとに、最終的な形にした佐野氏の社内デザイナーが、一部の素材をインターネットから流用していたようです。もちろん、管理不足という意味では佐野氏の責任も重大ですが、この件と五輪エンブレムが盗用なのかどうかは全く別の問題だと思っています。

もちろん、トートバッグのデザインに使うイラストや画像をネット上から無断で引っ張ってきてそのまま使うというのは、許されることではありませんが、サントリーのトートバッグは佐野氏が代表を努めるデザイン事務所MR_DESIGNで受注したもの。一方、五輪エンブレムはあくまで佐野氏個人で行っていたプロジェクトです。たまたま、二つの疑惑の時期が重なったことは、不運としか言いようがありませんが…

公の場に流通するものでデザインの流用やトレースをおこなうと、どういう結果になるのかは通常のデザイナーであれば分かっていたはずです。

そこまでして、デザインを提出しなければならなかった社内デザイナーと佐野氏にも、きっと何か要因があったのでしょう。

 今後もこういうことは起こりえる

今回パクられたと主張している、ベルギーの劇場「Théâtre de Liège」というロゴは、商標登録がされていなかったようです。佐野氏本人も「リエージュ劇場」のロゴは、問題後初めて見たと言っています。

佐野氏の会見でも説明されていたが、そもそもアルファベットを全面に出したデザインは、全世界レベルで考えるとかなりの確率で何かとかぶりやすい。そのために時間をかけて商標調査し、原案に修正を加え、リーガルな問題がないことを確かめてから発表する。一方「Théâtre de Liège」のロゴは商標登録がされていないという。

「五輪エンブレム、盗用疑惑にかき消されたデザインの真意」現代ビジネスからの引用

このベルギーにある「リエージュ劇場」のロゴ。パクリ疑惑のおかげで、今ではたくさんの画像がインターネットにもアップされていますが、この件が起きる前はどれだけ世の中に認知されていたのだろうか?という率直な疑問があります。

これだけ物があふれて、インターネットが発達した現代では、たとえオリジナルの物を作ったとしても、偶然だれかが作った何かに似てしまうことは、ある意味仕方のないことだし、誰かがそれを見つけてしまうのも仕方ありません。

リエージュ劇場のロゴを作ったデザイナーは、自身のロゴをPinterestにアップしていたらしく、それを佐野氏が発見してパクったのではないかと主張しているようですが、仮に佐野氏が五輪エンブレムの参考素材をPinterestで探していたとしても、何千何万枚ある写真の中からリエージュ劇場のロゴにたどりつくまでに、どれだけ時間がかかるんだろうかと思います。そんな非効率的なことはしないだろうし、そんな暇があればオリンピックの歴史や過去のエンブレムの資料に目を通し、たくさんのラフ案を描くことに時間を費やしていたのではないかと、いちデザイナーとしては感じます。

僕の個人的見解ですが、今回の件に関していえば、リエージュ劇場のロゴを作ったデザイナーさんの思い違いの可能性が高いのではないかと思います。

全世界に向けて発信された五輪エンブレムが、一部の人しか認識していないような小さな劇場のロゴと、偶然一部の要素が似ていた。五輪エンブレムは全世界に発信されているので、作った本人はそれに気がついて指摘した。一方、そんな外国の小劇場のロゴを見たことがない佐野氏からすると寝耳に水。ただ、SNSやメディアが取り上げたパクリ報道はエスカレート。二つ並んだロゴは、ぱっと見は確かに似ているという不運とサントリーのトートバッグ疑惑が重なり、どんどん重大な問題になっていった。

というような流れなのかなと思います。

インターネットやSNSが発達した現代では、これからも似たような問題がたくさん起こるでしょう。

Pinterestで趣味の延長上でアップした個人の作品と、ある巨匠デザイナーの作品が偶然似ているということで、パクリの汚名を着せされた巨匠デザイナーが姿を消すなんてことが十分起こりえます。その逆もしかりで、巨匠デザイナーが一個人の作品をパクることも、今後は現実になるでしょう。

まとめ

本当のことは本人にしかわかりません。ただ、日本のメディアの特徴として、今回の件と同じように「似た画像をネットから探してきて、あれもこれもパクリだ!」という問題が、しばらく続きそうな気がしています。

いちデザイナーとして思うのは、今回の五輪エンブレムが世論に押されて白紙にならないことを願うのみです。

※2015年9月4日追記:個人的には非常に残念ですが、佐野氏のエンブレムが正式に白紙になりました。「このエンブレムの良さがわからない」「パクリではない、客観的な証拠が知りたい」などのコメントをいただいていたので、参考記事を貼っておきます→『五輪エンブレム使用中止で幕引きへ。盗作問題でデザイナー佐野研二郎氏が在日認定&誹謗中傷された件を真相究明』

僕の精神論的な記事とは違い、デザインのプロセスなど非常に具体的な内容で、個人的には大変納得させられるものでした。興味がありましたら、参考までに読んでみることをオススメします。

Comments & Trackbacks

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  1. こんばんは。通りすがりのグラフィックデザインを仕事をしているものです。

    デザインは、共感性 だと、私は習ってきました。

    通常の仕事も『より多くの人に共感でき、利益を生むもの』をあたまに置いてグラフィックデザインの仕事を受けておりますが、ロゴデザインに共感は不必要だと思われますか?

    • 3semiさん、こんにちは。

      ロゴに関していうと、お店や会社・商品の特徴を、よりイメージしやすく、かつシンプルなデザインが良いと思っています。

      高級レストランのロゴに手書きのゆるい書体だったり、低価格を売りにしている大衆居酒屋のロゴに硬い明朝体を使っても、見た人がお店の特徴をイメージしづらいですよね。

      そういう意味では、見た人が商品をイメージしやすいデザイン=共感性は必要だと思います。

      ただ、今回の五輪エンブレムの件でいうと、デザイン云々以前に「このロゴはパクリだ」ということに、世論が共感してしまっている印象を受けます。

      「このロゴはパクリだ」という先入観がある状態では、『デザインの善し悪し』を純粋に判断できないのが通常だと思います。

      そういう意味では、世論から共感を得られない、純粋な目で見ることが出来なくなってしまった今回の五輪エンブレムは、不運というか残念に思います。

  2. 初めまして。
    興味の大変ある話題でしたので、
    記事を拝見させていただきました。

    私も分野は違いますが、幼い頃より、
    音楽をやっており、プロの音楽家を志していたことも
    あったものです。(夢破れたりの者ですが)

    その観点から、少しものを申させてください。

    >意識の低い人が参加できるレベルのコンペではない

    ただ、賞を受賞している=意識が高い
    とそこだけでそう判断を下すのは、それこそ素人がする所業です。
    プロでありながら、そういった判断しかされないのは、
    なんとも残念に思います。

    プロだからこそ、逆にそういった概念に囚われず、
    作品そのものだけでそこは判断する目を持つべきなのではないのですか。

    音楽界でも同じようにコンクールがありますが、受賞したからその人の
    演奏が「意識が高い」となるかというと、残念ながらそこは別物です。

    これは、今日まで長年、名を残してきている世紀のマエストロ
    と呼ばれる方々のように、その人たちがなるか?なってきているのか?
    という部分を考慮していただければわかると思います。
    ほとんどは賞を受賞したからといっても、そこまでには辿り着けません。

    そして、コンペやコンクールといわれるものの中には
    癒着をいわれているものもあります。

    私の長年の知り合いにもアートの世界に足を踏み入れているものがおりますが、
    美術界でもコンペと呼ばれるものの中には、どんなに有名なものであっても
    なんらかの裏事情を抱えているところもあると言っています。

    また、今回のこのオリンピックエンブレムのコンペに
    携わった審査委員の中には数名、この佐野氏と深く係わりがあると
    されている人物が入っていたようだとも聞きおよんでおります。

    音楽界のコンクールでは
    自分が審査員をしているコンクールで教え子が出るとなった場合、
    審査員を降りる、または降ろされるものもあります。

    そのため、コンクールでは参加者は自分が師事を受けている人物の
    名を書く欄が申込書に設けられていることがあります。
    また、現在、審査員にコンクール参加者のバックグラウンドは
    一切、伏せられたまま審査を行ってもらうものもでてきております。

    それほど、こういったコンクールなどでは癒着が問題になっているということです。
    これは決して音楽界だけの問題ではないと確信しております。

    審査中に各応募エンブレムの作者の名前や経歴を伏せた上で、
    審査がなされていたかどうか、といったところも見えません。

    なので、こういったことがオリンピックエンブレムコンペでなされていたか?
    検証する価値はあると思います。

    >作品が完成にいたるまでの過程でデザイナーが行っている、下調べ、資料集め、産みの苦しみ、気の遠くなるような作業代が含まれているからです。デザイナーが、これらのロゴを完成させるために費やした時間は、1時間や2時間ではありません。おそらく何十時間、何百時間でしょう。

    プロならこれは「当たり前」のことです。
    この点に関しては主様の考えはプロとして甘いと言わざるをえません。

    逆にこれだけのことをしてきての対価なんです。
    それがアートの世界ですし、それはなにもアートだけに限りません。
    専門職というのは、自分がそれまでに懸けてきた時間や苦労やもろもろを
    全て考慮すれば、「それでたったこれだけか。」と思う程度の対価です。

    それに、エンブレムだけで考えれば安いと思われるかもしれませんが、
    逆に「オリンピックのエンブレムを製作したデザイナー」
    という付加価値が将来にどれほどの仕事をもたらすかを
    考慮をされたのでしょうか?プロならそこは考慮してしかるべきです。

    プロの音楽家はそれこそ、
    プロとなるために、幼少の頃より、毎日最低4時間、5時間といった練習を重ねに重ね、
    それをお金に繋げるために、最低でも20年近い日々を費やしています。

    しかし、私のように夢破れた者も、プロとなったものも
    いくらクラッシックに理解がなくなってきていると言われる今日でも
    これを声高らかに言い訳のように叫ぶものはいません。

    なぜなら、それがこの業界にいる限り、もしくは
    身をおこうとする限り「当たり前」だからです。

    同業者も同じことをしてなってきているわけで、
    そうしてなるのがプロの音楽家なのです。

    対価が安いというならプロの音楽家はそれこそコンサートで弾くだけ
    であの報酬を受け取っているのではなく、
    その前に幼少の頃より、長年にわたり蓄積してきたものが
    あるのです。
    多分、それで言ったらそれこそ主様たちより安い対価になるのでは。

    むしろ、クラッシック離れも年々進む中、
    それを進めているのは現プロたちの演奏そのものにある
    とするプロもいるくらいです。
    現プロの演奏に魅力がないと。

    主様にもぜひ、それくらいの心意気でグラフィックデザイン業界を
    盛り上げていただきたいものです。

    それと、プロと素人の違いをワインの味を例えに上げられていましたが、
    ワインもしかり、音楽もしかり、美術もしかり、
    ひとりひとりにはプロ、素人に限らず好みというものがあります。

    どんなに高くとも味が合わない。
    どんなに色んな賞を受賞しているデザイナーでも
    その人のデサインは好みではない。

    こうしたことは個人の好みとして出て当然のことです。
    素人だろうがプロだろうがです。

    むしろプロの方がこういったことが強く出てくるものだと
    思いますが?

    逆に、プロならではの利点として、自分の好みのものを見つけられた
    時の喜びといったら、嬉しいなんて言葉では表現できないほどの
    感動と喜びに満ち溢れることができるといったところでしょうか。

    これがその業界に足を突っ込んだことがない者との
    決定的な違いになると思います。

    プロだから必ず、全てのプロの作品について
    細かい説明がつけられるとは限りません。

    長々と失礼いたしました。

    • Julioさん、はじめまして。
      貴重なご意見ありがとうございます。

      >ただ、賞を受賞している=意識が高い
      とそこだけでそう判断を下すのは、それこそ素人がする所業です。
      プロでありながら、そういった判断しかされないのは、
      なんとも残念に思います。
      プロだからこそ、逆にそういった概念に囚われず、
      作品そのものだけでそこは判断する目を持つべきなのではないのですか。

      確かにそうですね。『これらの2つ以上の賞をとっているという参加資格』をクリアした方の中にも、他人の作品を盗用した意識の低い方がいたのかもしれません。
      今回のコンペに出品された104人の作品を見ることはできなかったので、そこは何ともいえませんが、唯一確認できる佐野氏の今回のエンブレムに関していうと、デザイナーの僕にはとてもレベルの低いものには感じられませんでした。少なくとも発注主からの「オリンピックとパラリンピックを統合(対)するアイコンになっているか」「多様化するメディアでの自在な展開性(この映像を見るとわかると思います→https://tokyo2020.jp/jp/emblem/)」という課題はクリアしているように思います。
      このエンブレムが好きか嫌いかは別として、僕には『今回の佐野氏の作品自体がとてもレベルの高いもの』だと感じました。念のため補足しておきます。

      >そして、コンペやコンクールといわれるものの中には
      癒着をいわれているものもあります。
      また、今回のこのオリンピックエンブレムのコンペに
      携わった審査委員の中には数名、この佐野氏と深く係わりがあると
      されている人物が入っていたようだとも聞きおよんでおります。

      世間では、そう言われているようですね。癒着に関しては専門家ではないので、特にコメントできません。ましてや自分で調べたり真実を知っているわけでもないので、なおさら軽い発言はできません。今回の件で僕が発信しているのは、いちデザイナーとしての個人的な主観のみです。

      >審査中に各応募エンブレムの作者の名前や経歴を伏せた上で、
      審査がなされていたかどうか、といったところも見えません。
      なので、こういったことがオリンピックエンブレムコンペでなされていたか?
      検証する価値はあると思います。

      確かにそうですね。名前が伏せられた上で審査がされていたのかどうかはわかりませんが、その方法であれば、もしかしたら結果が変わっていたのかもしれませんね。今後に期待しましょう。

      >プロならこれは「当たり前」のことです。
      この点に関しては主様の考えはプロとして甘いと言わざるをえません。
      逆にこれだけのことをしてきての対価なんです。
      それがアートの世界ですし、それはなにもアートだけに限りません。
      専門職というのは、自分がそれまでに懸けてきた時間や苦労やもろもろを
      全て考慮すれば、「それでたったこれだけか。」と思う程度の対価です。

      僕の文章があまり上手くないので誤解されているかもしれませんが、確かに僕は今回の100万円という制作費は安いと思っています。ただ、その100万円が安いということに文句をつけているのではなく、今回のコンペに参加したデザイナーは、「お金(賞金)よりも、デザイナーとしてのプライドをかけて戦っていた方が多いのではないか」と僕は感じました。そんなデザイナーが、わざわざ盗用するものなのか?と純粋に疑問に思っただけです。もちろん真実はわかりませんが。

      >それと、プロと素人の違いをワインの味を例えに上げられていましたが、
      ワインもしかり、音楽もしかり、美術もしかり、
      ひとりひとりにはプロ、素人に限らず好みというものがあります。
      どんなに高くとも味が合わない。
      どんなに色んな賞を受賞しているデザイナーでも
      その人のデサインは好みではない。
      こうしたことは個人の好みとして出て当然のことです。
      素人だろうがプロだろうがです。
      むしろプロの方がこういったことが強く出てくるものだと
      思いますが?

      Julioさんは、佐野氏の会見を最初から最後まで見られましたでしょうか?僕が言いたかったのは『佐野氏の会見を見た記者や一般の方が感じた感覚と、実際に普段からロゴを作っている僕のようなデザイナーとは感じ方が違うのではないか』ということを、ワインを例にしてお話しました。今読み返してみると、確かに僕の例え話がわかりづらいですね。この件で僕が言いたかったのは、好き嫌いの話しではありません。佐野氏の会見を見た、デザイナーではない一般の方と僕のようなデザイナーとでは、『現場を知っているがゆえに捉え方が違うのかも知れないな』と思った僕の感想です。

      今後は、もう少し分かりやすい文章を書けるよう努力したいと思います。機会があれば、またのぞきにきてください。

  3.  世間の雰囲気には違和感があるのですが、私はこのデザインに魅力を一切感じないのです。
     「誰が」「どのように」使うのかを考えて作って、これが最適解になるとは「デザインに詳しくない人間には思えない」のです。
     配色、意匠、いろんなものでテンプレートに近いものがあると思うのですが、このデザインは「わかってもらうことを放棄して、自分のうちにあるものをごり押ししているだけで、対象となるオリンピック」を少しでも考えたか、どう考えるとこの無機的な答えに到達するのかが理解できません。
     選考委員含め「これが世間の人にわかってもらえると思って選んだのか」はお話を聞きたく(問い詰めたく)なるくらい「全く機能性や、共感」といったものがありません。逆にこのデザインはわざとこの手のデザインならありそうな要素をこれ見よがしにはずしていて、選考する側だけを見つめて、「ほら、お前らこういうの好きだよね?こういう職業だとわかっちゃうよね?」という嫌らしさすら感じます。まるで裸の王様を唆す、服屋の口上を聞かされる気分なのです。
     世間の風当たりの強さは、これが世間で使われたとき、並べて電柱や外灯に掲げられたときの風景に何の高揚感も無い「共感できない、好きではない」デザインであることも、拍車をかけているように思うのです。

     極端な話をすれば「みんなこのデザインが好きじゃない」んだとおもいます。でも、違和感、不愉快感を形に出来ずさらにもやもやしてる。だから理由なんてどうでも良いけど他のに変えてくれ。すべてではないにしてもそういう一面を感じます。その苛立ちもまた、無根拠な暴力にかわってるとも一部には感じます。
     オリンピックは何の大会でしたでしょうか?主役は誰でしょう?そしてその姿はこのエンブレムに見ることが出来るでしょうか?そのすべてに対してデザイナーではない私の感性、審美眼はNo!といっています。過去のデザイナーや大会、知った風な同業者への媚びは見えても、大会を彩ることを考えてくれたようには思えないのです。逆に「これ見よがしに迎合した代案」をこれにしようぜという声もまた、そういうなんか気に食わないけど、説明が出来ないイラつきの昇華の形に見えることもあります。

     いんちきをしていないというのは多分私もそうだとおもうのです。でも、それが理由であってもこれが撤回されるなら良いかなという悪魔のささやきも心の中で聞こえます。それくらい「何かでっち上げてどうにか出来るならどうにかしたい」と思わせる程度には「嫌い」なんです。

     「このデザインの妥当性、よさ、訴えているもの」で、ポジティヴな説明はどなたかしていただけないものでしょうか?本人の解説は、うん。わかったけどこのデザインでそれはない。という答えにしかたどり着かない。自分が嫌いな理由なら、はっきりと説明できますが、自分の中にこれを好きになれる良いと思える要素はどう考えても見つけられなかったのです。

     世間の一般人として思うのは、今回の五輪エンブレムがブラックボックスで勝手に決められ使いたいという声が少ないのに理屈とごり押しによって白紙にできないことに対する不満です。選んだ人のセンスを評価していないですし信じてないんです。欲しいのは象徴として、いいねって思えるようなデザインで、えらい肩書きのひとが勝手に決めて悦に入ってるデザインじゃありません。せめて、いくつかの候補から、「みなで選ばせてくれていたら」みんなが選んだなら仕方ないよね。という心情的な落としどころがあったのですが、それもないのが「仕方ない」とあきらめる理由を失っている部分でもあると思うのです。

     設計の思想はわかります。でも、「何がいいのでしょう?」これ。誰か教えていただけないでしょうか。

    • はじめまして、こんにちは。私はYoshinari.Tさんのこちらのブログに、
      今日初めて訪れた者です。
      ブログの内容については、概ね同意見です。
      ちなみにグラフィックデザイナー暦10年ちょっとです。

      私はseedさんとは別の意見を持っています。つまり佐野さんのエンブレムを見たときに
      「かっこいいな」と思いました。魅力があると思います。
      なのでseedさんの参考になればと思い、書き込ませていただきます。
      「あれを意識した何とかだ・・・」とか、そういうことでなく、
      すごく個人的に感じた感覚のみを書こうと思います。

      「エンブレムから受ける印象が、日本的な静謐さを持っていること」(個人的な感想です)
      ・琳派(りんぱ)のよう色合い(赤・黒・金・銀)が綺麗だと感じた
      ・エンブレムを構成する形(要素)がシンプルで、余白とのバランスが心地よい

      グラフィックデザイナーとしての感覚は、少しは入っていると思いますが、
      私は今挙げた箇所が「いい」と思いました。参考にしていただければと思います。

    • Seedさん、こんにちは。
      お返事遅くなり申し訳ありません。

      Seedさんの言われるとおり、確かに分かりやすいロゴではないですよね。オリンピックという世界的な祭典という特質からなのか、あまりにもわかりやすい見た目にしてしまうと、イメージに合わないという理由もあるのかもしれません。

      ただ、先にコメントをいただいているkiiroさん同様、僕もこのロゴ結構好きです。

      これもまた、デザイナーとしての視点になってしまうのですが、今回のエンブレムを活用したこちらの動画を見た時に鳥肌立ちました。→https://tokyo2020.jp/jp/emblem/

      一見平面なエンブレムが、ここまでの動きに耐えられる。作者がこの動画になる形までをイメージしていたのかはわかりませんが、これだけの動きやシチュエーションに耐えられるロゴ。単純に感心しました。分かる人にしか分からないと言ってしまえば、それまでなんですが…。

      世間で話題になっていた扇のエンブレムだとか、1時間で作られたようなエンブレムは、そもそもJOC(発注主)からの要望(多様化するメディアでの自在な展開性、オリンピックとパラリンピックを統合するアイコンになっているか)をクリアしていないように思えるので、デザイナー的視点からすると、そもそも同じ土俵で語られるべきものではないと僕は思っています。

      ただ、あえてあのように後から出てきたデザインについて言わせていただくと、ああいうロゴはパッと見は確かに良いんです。僕もパッと見は良いなと思いました。ただ、ああいうロゴは飽きるのも早いというのが個人的な感想です。

      オリンピックが開催されるのは2020年。あと5年、飽きずに色々なメディアやシチュエーションで耐えられるロゴ。世界を相手にした舞台で、飽きずに愛されるロゴ。そこを考えると、佐野氏のロゴは良くできていると思います。一見地味なんですけどね…。

      デザイナーという職業柄、どうしても佐野氏を擁護してしまうのですが、本来商業デザイナーというものは、発注主からの依頼があって、発注主の希望に即したデザインを提案します。今回の佐野氏も、他のデザイナー同様、発注主の依頼に即した形で、自分がいいと思った物を作って、発注主から選ばれただけです。

      そんな佐野氏のデザインについて、ああだこうだ文句をいってもしょうがない。選んだのは選考委員会です。文句をいうならSeedさんのいうとおり、選んだ側に責任があるのかもしれません。100歩譲っても今回の件では、佐野氏になんの非もないと思っています。

      ただ、今後はもう少し一般の方も参加できるような、開かれた選考にすることも考慮した方がいいのかもしれませんね。それこそ、とんでもなく恥ずかしいロゴに決まる可能性も否定できないので、そこは難しい問題なのですが…。

      まあ、どちらにしても人間は好き嫌いがあって当たり前です。Seedさんが、今回のいきさつや、世論の反応を抜きにして、それでもこのエンブレムが好きになれないのなら、本当に心から好きではないのでしょう。感性で好きになれないものは、きっといくら説明されても好きになれないでしょうし、無理に好きになる必要もないのかなと思います。

      ただ、僕は自分がデザイナーということを差し引いても、今回のエンブレムが結構好きです。

    • 私は五輪エンブレムにはこれっぽっちも魅力を感じません
      というか、ゴミにしか見えません
      色使いは悪いわ、三角の配置が意味不明だわ、何で○をそこに置くのか意味不明だわ
      変更してほしい内容ですね

      ある意味、原案の方がまだマシです
      そっちの方が考え方なども分かるからです
      五輪にふさわしいかどうかは別ですが、原案なら考えは分かります

  4. 公募デザインが公開されていない理由

    今回、修正が行われたらしいとの話ですが修正を行った時点でこのコンペの意義は消失したも同然なんですよね。そして今回の騒動での公になっている面を認めたからこその修正だと思われても仕方ないのではと思います。
    他の公募作品に関しても秘匿状態で、一般の目には触れさせないという自体。
    運営委員の方自体が非常にサノ氏と近しい間柄という点も軽視出来ないもの。

    そもそもサノ氏が考えていた設計案自体が全く違っていたらしいという噂もある始末。本来この形になる筈ではなかった可能性もある。
    名義貸しの可能性、サノ氏が行ったサイトでの「アクセス集中でサイトが閲覧できません」と管理サーバー側の自動で飛ばすページではなくHTMLで直接そういった文言を打っていた小細工をサノ氏の運営サイト自身で行っていたりと選考委員会共々胡散臭い。

    ネット上で私は五輪ロゴに応募しました!という人をお見かけしない。104人も居るのであれば誰かしら参加者が選考に落ちてもこういうデザインをしましたと発表していても可笑しくないのに・・・であります。
    文章サイドの人間ではありますが、似ていると言われる事が最もクリエイターとしてあってはならない物だと思います。
    今回物言いがついた瞬間に言い訳なんざせずに認めてしまって、別公募作品を発表するなどの措置があっても良かったというぐらい。
    正直今回の件はクリエイターとしての誇りやプライドがあったとは到底思えない。

    104名というのは本当に存在していたのだろうか?
    その人ら全員にインタビュー敢行したいぐらいの内容。
    公で活動されている方々であるならばパソコンで仕事内容(works)の公開ぐらいはしていますからね。
    その三桁人数すらもブラフで本当はサノ氏以外誰一人居なかったのでは?
    こんな透明性の無い密室の談合が行われていた可能性を示唆するような内容を、まさかのオリンピックのロゴで行ったという点に不可思議さを覚えるのが世間一般でしょうね。

    サノ氏はジャップサーバーとかいうのを使っていたとか。ジャップの意味ぐらいはBROTHERに出てた北野たけしだって知ってるでしょう。

    • >今回、修正が行われたらしいとの話ですが修正を行った時点でこのコンペの意義は消失したも同然なんですよね。そして今回の騒動での公になっている面を認めたからこその修正だと思われても仕方ないのではと思います。

      順番が逆です。佐野氏の原案を商標調査した結果、似た商標があったので修正して、似たものがない現在の最終的な形になったのです。それが、たまたまリエージュ劇場というロゴに少し似ていたというだけの話です。そもそもリエージュ劇場のロゴは商標登録されていなかったのです。商標登録のされていない、世界中のロゴを調査することなど現実的に難しいでしょう。どれだけ数があると思いますか?オリンピックのような色々なスポンサーが使用するエンブレムであれば、似たものがあれば後々問題になります。それを事前に調査するのは当たり前のことだと思います。その調査の結果、似たものがあったので修正したところ、運悪く商標登録していないロゴに似ていた。そもそもリエージュ劇場がはじめから商標登録さえしていれば、今回の問題は避けられたはずです。

      >他の公募作品に関しても秘匿状態で、一般の目には触れさせないという自体。
      運営委員の方自体が非常にサノ氏と近しい間柄という点も軽視出来ないもの。

      他の公募作品は、いずれ公開されるかもしれませんね。コンペでは、誰の作品かわからないよう名前が伏せられて審査されていたようです。このことからも佐野氏と近しい間柄というのは関係ないでしょう。

      >ネット上で私は五輪ロゴに応募しました!という人をお見かけしない。104人も居るのであれば誰かしら参加者が選考に落ちてもこういうデザインをしましたと発表していても可笑しくないのに・・・であります。

      JOC側と応募側でコンペの経過を公にできない取り決めなどがあったのかもしれませんね。でなければ、記者会見で真っ先に佐野氏は当初の原案を出して説明していたように思います。(そうすれば早い段階で、記者会見とは違った弁明ができたはずなので)

      >文章サイドの人間ではありますが、似ていると言われる事が最もクリエイターとしてあってはならない物だと思います。
      今回物言いがついた瞬間に言い訳なんざせずに認めてしまって、別公募作品を発表するなどの措置があっても良かったというぐらい。
      正直今回の件はクリエイターとしての誇りやプライドがあったとは到底思えない。

      あなたの文章は誰かの影響を受けたり、誰かの文章に似ていないと自信をもって言えますか?クリエイターといえども、誰かの作品に影響を受けたり、誰かの作品に偶然似てしまうことも、無くは無いでしょう。一部の意見に左右されて、簡単に別作品に変更できるほど今回のエンブレムは簡単なものでないと思っています。そして、JOCも盗用ではないことを確信しているからこそ、これだけ世論から叩かれても撤回していないんだと僕は思います。

      >104名というのは本当に存在していたのだろうか?
      その三桁人数すらもブラフで本当はサノ氏以外誰一人居なかったのでは?

      常識で考えて、それはないでしょう。

      >サノ氏はジャップサーバーとかいうのを使っていたとか。ジャップの意味ぐらいはBROTHERに出てた北野たけしだって知ってるでしょう。

      今回の件と関係ないですよね。

  5. 不躾なコメントに丁寧な対応ありがとうございます。

    ただ、その後のデザイナー畑の人々の言動を見る限り、「一般受けが悪くデザイナー受けがいい」ことの意味がわからないなら、「画廊やギャラリーでガラクタ作ってパトロンにふっかけた値段で売って生計を立てれば」いいのではないかと思います。

    デザイナーでは「無い」目から見れば「金銀」なんてのをあちこちで使うデザインで使うことが「ばかじゃねーか」と思うわけです。テレビで見た人、Webで見た人の何人が「金、銀」だと認識したか想像したでしょうか?印刷物を作るときには毎度箔押ししろって?これに「馬鹿なの?」って問わない理由が思いつきません。世間の人は、Webページに映るあのロゴに「金銀」なんて見出せるわけが無い。それで構わないのは「ホンモノはギャラリーの額縁のなかでそれ以外はコピーや模造品」という世界だけです。「使ってもらう気が欠片ほどでも」あるのでしょうかね?
    中学生の宿題だって、YMCKで表現できないようなものは、意匠の方に光沢の表現でも入れて誤魔化すと思うのですよ「本当にその色が大事なら」。逆に「黄土色とグレーでいいや」とおもうなら「金銀」でデザインするその神経が理解できない。こだわりも選択も無いって白状と同じですから。どこの誰が、用途を考えてまともに色を選んだというのか本当に理解できないです。

    意匠自体は、大東京建設とか、大東京銀行だと、わからなくも無いんです。理由は簡単でモノトーンだけではなく、赤と、黄色っぽい何かとグレーっぽい何かが入ることで、「動」じゃなくて「静」になっている。これ、なんのイベントでしたっけ?Jリーグとかも白、赤、黒なんですが、黒で大きくJをアピールしているので、素人でも力図よさとして「ドン」と来るものがわかるので、理解できます。でも、あのエンブレムだと、イメージが根を張ってしまってて、動く気が全くしない。まぁ、安定するか?っていうと、あのアールとか、三角のバランスで微妙ではありますが、真ん中の長方形が主張することで「それでも動じない」なんていわれれば、納得しなくも無いところです。

    配色も年号をまたいだ人間は、弔旗、半旗を見た経験があります。赤い丸はどうしても地が白なら、国旗を思い出してしまいますし、それが右斜め上にあれば、次に目に映るのは左の黒いアレです。国旗の左に黒いライン。単品ならなんとも思わなくても、あれが、ずらっと並べられたとき、「思い出すのは祭りの対極」なのは、日本の風習と、カラーパターンのマッチングで出来たイメージですから、「文句を言われないほうがおかしい」と感じますし、「葬式」って言われてもしょうがないんですよ。というか、「見て、並べたりして何も思わないもの」ですかね?あちこちでの展開例は想定することが条件に入っていたはずですが、試してみても何も感じなかったのでしょうか?

    デザイナー様の感性はわかりませんが、イメージは、メロディーだろうと配色だろうと、経験則で知っているものからイメージしがちです。一般人は更にそれが貧相です。生業にしていないのですから、引き出しが少ないんです。そうじゃねぇよ。すばらしいんだといいたければ、相殺して釣りが出るくらいの良さが無いと、納得を得ることは難しいとおもいますし、それを「おまえらわかってないなー」でわかってくれると思うことがどうかしているんですよ。

    拡張性云々についてはフォントについてはこれも非デザイナーからは「アホか」としか思いません。
    「ぷ。」って書けばボーリングしている人物に見えるなんて話はあるように、文字なんて文字として認識できる機能性がある「図形」でしかないです。ドヤ顔で「ひと目で視認できないもの」を「文字だとおもいねぇ」って言われたら「反射的に小突きたくなります」。ただの線の並びから「特定の文字と即座に視認できる」から文字には機能性があり、そういう進化をしたものであって、図形に退化させるなら社会ではなく洞穴にでも帰って象形文字でもドヤ顔しながら彫っていればいい。最低限視認性が高いものが構成できなければ「ゴミほどの価値も感じない」です。読めるという機能を捨てた文字はただの線や図形であって、文字であるアイデンティティーを捨てた文字は意味を持つことを放棄しています。あんなものを出してこられるメンタリティーが不愉快にさせるんですよ。それが「着想の段階のスケッチ」なら理解します。色んなの作ってためしたんだなと。でも「展開しちゃいます」とかほざけば蹴りのひとつも入れたくなるわけですよ。「読めない」ですから。あんなもん使われたら文字で説明されても視認できませんよ。ましてや黒一色なら別でもあの無駄な配色です。色弱や色盲のひとに嫌がらせですか。機能美なんてものが欠片も無いものに何を見出したらいいか「デザイナーじゃない人種」にはわかりません。だから、言い訳、後付、隠蔽工作って言われちゃうんですよ。

    そういう、機能性が無く、ほれ限界まで削って、色々考えちゃったおれすげー的ないけすかなさと、それを「わかるわー。世間の見る目はくずだわー」的な物言いが「世間の悪意に燃料を与えてることに気がつかないで、煽ってる」デザイナーがさらにその業種の社会での価値、評判、信頼、信用を毀損してる訳です。
    まとめサイトは恣意的に纏められていることもあるのであえてリンクは挙げませんが、仮にカウンターであったとしても「いいね。ステキだね」って意見に対して「蛾」とか「恥知らず」って批判は「自分らが何で敵の様に扱われているか」を理解していない。本当にダメなら、マシだというなら、佐野案の良さを「世間でも理解できるように説明し」理解を広めようとするのが先だと「わからない」ところが既に感受性とかセンスとか勘がデザイン以前に終わっている。

    このエントリがそうだとは思わない。でも、そういう人たちを「止めようとも思わない」なら「当然じゃない条件を当然だと認識する鈍い感受性」で、発注者と向き合って話す気が無い人という様に思います。知らない人には説明しなければわからないです。

    もし「オリンピックの象徴」にしたいなら、最低限「伝わる」物を作り、その上で、「独自性、先進性」を発揮したものを作るのが「お仕事」ではないのでしょうか。
    「それを見て、あー、オリンピックなんだー」って想起させられない、サッカーとかバレーと並んでたら埋もれちゃうようなエンブレムは「世間の人に対して」本当に機能してるデザインでしょうか?100年後のひとにドヤ顔するためのものじゃないですよね?派手なのは五年で飽きる?じゃ佐野デザインはもし取り下げて半年後、騒動が無かったら誰か覚えてますかね?私は「世間の人は忘れちゃう」デザインだと思います。

    態度もどうかと思います。佐野氏は「全く似ていない」と繰り返してしまっている。これは「デザイナー以外の人種の見ている世界」が見えないってことの証左だとおもうのですよ。「形状として似ている」ことを世間は「似ている」といってるのに「前提を補わずに何度も「全く似ていない」」と言えば、「目付いてるの?」って言われるのは「自明」であり、風当たりは「自業自得」です。比較して一致する率を出してだから盗作っていうほど、図工レベルのセンスの人にわかると伝わると思ってるならそのセンスがもうデザイナー以前の問題なんです。伝えるってことをないがしろにして表現者が聞いてあきれます。

    自分が「不愉快」で「嫌い」なのは、そのエンブレムが「デザイナーにしか向いていない」し「自分の言いたいことだけ押し付けている」様にしか見えないから。そして、その配色、意匠が、自分のパターンマッチの中での悪いイメージを覆すほどの優れた点を見出せないから。という点が挙げられます。これは最初に見たときのイメージなので、彼の言い分が腹立たしいとか同業者の稚拙な擁護が不愉快とか、関係者の物言いがわかってもらおうとしていないとかそういう態度以前の問題ですが、そこにあの茶番劇ですから、いい印象なんてあるわけがないんですよ。

    少なくとも著作権にまつわる「企業コンプライアンス」なんて素人以前の問題で、自分の飯の種がなんだとおもってんだって話です。そういう頭の悪いことをしてる人を野放しにしているから、正規に許諾を得たフリー素材やストックフォトといった、素材を使ってる人まで嫌な思いをさせられたりいやな目を向けられるんだってのは「流石に理解していますよね?」
    それを、盗作のって騒ぎの釈明のときすら「いい加減な素材管理」って通したやつも作ったやつも「学園祭以下」なわけで、「どこにプロフェッショナル」がいらっしゃるというのか。

    で、そんな茶番をしている業界を信じてくださいっていえるなら、やっぱりデザイナーって肩書きに色眼鏡で見る癖が付くことは間違いないです。
    佐野氏に限らず、「その成果物を目にさせられる側」の視点を持て無い人を止めるところから本当は始めるべきだと思います。

    これらは「盗作」と直接相関関係があるとはいえませんが、「使いたくないという強い声を生む燃料、要素」になっているとは考えます。
    ですから、「盗作かどうか」は多分白だと「私は」思いますが「世間の人がソレを信じてくれること」はデザイナー諸氏や、関係者があの態度では「絶対に無い」と思います。
    そこに誠実さとか、愚直さが「微塵も見えない」のが大問題で、物言いが「何の問題も無いときに説明するとき」の前提で、「悪意のフィルタが通されてること」を考慮することすら出来ない態度や言動で「感情的な納得」は得られないです。

    上でも一度いいましたが、このエントリは比較的「冷静なほう」ですし、先入観が無ければ多くの人が納得できるだろう要素を含んでいると思います。しかし、周りのデザイナー先生のけなし方や物言いが続けば、「利権だので回ってる」って邪推されるのは「半分は自業自得」だとおもうのです。なぜなら「知ってるわけが無いことを知っていることを当然とし、大上段から見下して、世間の人がいいと思ったものを無根拠に潰そうとしている構図に見えるから」ですね。何故無根拠に潰そうとするのか?と考える人が居れば、「否定される理由を知らない理解できない」なら邪推されるって言うロジックは半ばお約束やセオリーです。

    味がわから無い人にワイン飲ませて味がわからないと馬鹿にし、ぶどうジュースを人口的な毒だらけとけなすようなことをしたら普通は怒ります。ジュースが欲しい人にいいものなんだからとワインを押し付けるより、「飲みやすい味のものを選ぶ」のが「本当のワイン通」だと思うんですよ。そして、そういうつなぎの作品から、世の中にいいデザインを増やすのが「本来の優れた仕事」じゃないんですかね?世間の製造業だって、「いいものはいい」ではなく「使ってもらえるもの、喜んでもらえるもの」を作ってるわけですが、デザイナーだけはごり押しで当然ってのはおかしいと「気がついたほうがいいと思う」のです。「説明してもわからない」じゃなくて「わかってくれるようにする」のが先だと思えないようなら業種そのものが終わってます。

  6. 地方の中小企業でデザインの仕事に携わっている者です。
    私もまったくの同意見です。もやもやしていた気持ちが少しすっきりしました。

    デザイナーの立場から見て異常な世間の騒ぎに違和感を感じます。個人的に佐野氏のエンブレムはかなり秀逸なものであると感じています。古くもあり新しくもある。日本の核のようなものをつく、あるべき姿を想像させるような、私のような程度のデザイナーが言うのもはばかられますが、とてもいいデザインだと思いました。疑惑が起こってからの会見での説明で発表されたタイポグラフィーも恐ろしく練り上げられ構築されたもので、純粋に「かっこいい」と思いました。しかし、こんな段階で発表することは佐野氏のデザインの構想上早すぎるものであったのだろうなと、きっと段階的に発表しオリンピックのイメージを構築していく狙いがあったのではないかと想像し残念に思っています。

    デザイナーという立場の人間が、いくら説明してもやはり「プロにだけわかっても意味がない。素人にもわかるものを作れるのがプロだ」と言う意見を浴びせられています。その通りだとは思いますが、デザインとは、特に今回のようなオリンピックエンブレムなどに関してはワインとは違い本人の意思とは関係なく視覚的に認識されてしまうものです。美味しいと思わないワインを強制的に飲まされることはありません。物事の本質がまったく違うのです。それなのに世間はまるで佐野氏や選考委員会が、高いだけで美味しいと思わないワインを強制的に飲ませているような反応を示し攻撃しています。(主様の例えに反論しているつもりはありません)

    先に申し上げた通り良いものと悪いものの「違いの本質」が根本的に違うのです。持論ですが、私はデザインに重要なものは「独創性」や「インパクト」でなないと思っています。一番重要なものは「普遍性」だと思っています。確かに「独創性」や「インパクト」が重要視される場合もあるでしょうが、それは意図せずにしろ一時使い捨てにされる場合の話です。特に今回はオリンピックエンブレムです。重要なのは「独創性」や「インパクト」ではなく時代を超えることに耐えうる「普遍性」です。良いデザインとは普遍的に印象に残るデザインです。悪いデザインとはすぐに飽きられてしまう一過性のデザインです。エンブレム選考委員会が選考にあたって掲げた基準である、「美しさ」「強さ」「新しさ」のうち「美しさ」と「強さ」既存の「普遍性」だと思っています。「新しさ」とは普遍的にまだ見ぬ未来へ続く新しい概念だと思います。そしてそれはぱっと見て単独で華やかに印象付けるものではなくCMやポスターなど様々な媒体にのせて発信したときに真価を発揮するものです。基本的に「デザイン」は単独で存在感を発揮するものではありません。何かを輝かせるために存在するものだと思っています。一流のプロが作るものにはそういった奥深い概念があると考えます。そうなった時、「プロにだけわかっても意味がない。素人にもわかるものを作れるのがプロだ」という素人がぱっと見た印象で出た意見は、まったくの的外れな中傷ではないかと思っています。プロのデザイナーが上からものを言っているのではなく、一般の素人がなにか華やかで権威がありそうな、「デザイナー」という存在に勝手な劣等感を抱き、あらを探しているように思えてなりません。
    次から次へと佐野氏の過去の仕事が漁られて、盗作だと叩かれていますね。知名度のあるデザイナーが擁護すれば、こいつも盗作デザイナーだ!と吊し上げられ、なんというか、、権威あるものは「悪」であり弱者である自分達の行いは「善」であると、ここぞとばかりに攻撃しているようです。

    しかし、今回の騒動で世間は理解できない他者に対してこんなにも残酷になれるのだと恐ろしく感じました。私は今回自分の職業上理解しうる範囲の出来事でしたが、そうでなかった場合に自分も同じように浅はかな思慮の元、軽率な意見を持ったもかもしれないと思いました。
    社会は知らないものを知ろうとする余裕をもつべきだと感じまます。

  7. 先ほど、コメントを寄せさせていただた gi と申します。
    冒頭で紛らわしい、発言をしてしまいました。
    同意見とは主様と同意見ということです。上の方が激しく反論されていたことを読んでいませんでした。すみません。

    佐野氏のエンブレムを ありきたりであるとか、ダサイとか断言する方々に一度 「あなたは、日章旗のデザインをどう思うか?」と聞いてみたいものです。やはり、ダサイのでしょうか。

  8. あのロゴをいいと思う人もいるんだと、
    不思議な気持ちで、記事を読ませていただきました。

    私も非デザイナーですが、何となく感じていたことを、
    Seedさんがすべて代弁してくれたように感じています。

    琳派のようで静謐を感じるという意見もありましたが、
    色の組み合わせは確かにそうですが、私は日本的なものとは、
    (線に)動きがあって、華奢であっても存在感があるものと思います。
    あれは、柱のような黒が少し主張し過ぎであまり静謐さを感じません。

    ただ、対角上の金銀のパーツに対して左下の余白は、
    動きを感じていいと思うけど
    果たして「T」のデザイン?結局何がいいたいの?

    それに
    おめでたい時の紅白と弔事の白黒を隣接させるってどうなんでしょう?
    和的のものを意識させる色の組み合わせだからこそ、余計にそのことが気になってしまう。

    パクリではないかもしれないけど、
    整合性や一貫性が感じられず、どうしても寄せ集めでつくったように思えてしまう・・・
    だからなのか、見るものに考えろ、感じ取れと強要する。

    きっとデザイナーは考え、読み解く回路ができているのだろう・・・

    動画はとてもよくできていると思うけど、
    (Tはまだしも)他のアルファベットはぱっと見て意味不明で、
    なんだか気持ち悪くなってきますね。
    こういうのを、押しつけといわなくて何というのでしょう?

    オリンピックはもはや、一般のものではなく、
    色々な利権がからんでいて、一部の人のためのものなのでしょうか?
    そうだとしたら、良くできたデザインだと思います。

    今回の佐野さんのクライアントは一般の人ではなく、
    審査員や目の肥えたデザイナーだったのでしょう?

    何だか、
    オリンピックなんかどうでもいいと思うようになってしまって
    残念です。

    • yoshiya様
      こんにちは。

      私のつたない文章に、意見を下さり、感謝いたします。
      しかし、全体的に誤解が生まれているようでしたので、もう一度場所をお借りします。

      「琳派」という言葉を使ったのは、主に色使いのことです。
      金や銀と黒、朱色から感じただけのことです。
      (白は紙の白という認識を持っていましたので、色数の内に入れていませんでした。)

      そこに、Tの文字がセリフ体(明朝体)を想起させると思うのですが、
      明朝体の文字から受ける印象を重ね合わせていたのだと思います。

      もし良かったら、「光朝」という書体を検索してみてくださいませ。
      イメージが伝わりやすいかなと思いますので。

      誤解されているままでも良かったのかもしれませんが、もし伝わればなと思いもう一度書き込ませていただきました。
      通りすがりの意見ですので、「そういう人もいるんだ・・・」くらいに思ってくれたら有難いです。(汗

      反対意見が座席している中で、わざわざ書き込む人は少ないのです。
      ただ、「好き」だという人もいるということを分かっていただけたらと思います。

  9.  もう一つあのエンブレムが嫌いなところがありました。
     パラリンピックのエンブレムです。

     「=」という説明をされていましたが、「鉄格子にしか見えません。」そうじゃなければ「鯨幕」。これも「パターンマッチによるイメージ」ですね。そもそも、等価といいながら「反転させる」ことが気に食わないですし、表裏の扱いにすればどちらかが裏になるというのは、思想としてもどうかと思います。素直にイコールを描けて居ない理由はTの縦棒を真ん中に配置してしまったからだろうとはおもいます。でも、「見る側には関係が無い」し、「先に配置したものによって意味を捏造する」のも美しくありません。説明が無ければわからないなら、素直に単純な図形ではなく、説明に相当する図形を置けばいいと私は感じます。

     役に立たないことをグダグダとと思われても仕方ないのですが、「気にいらねぇ。むかつく」だけで否定をしたくなかったので、最初に見たときの不快感の原因を考え、最初見たときの自分の中での理由を文章にすると、昨日、本日の内容になります。その多くは「オリンピックのエンブレムである」という前提と、イメージの不整合にあるので、他の用途、目的で同じ(デザイナー語では全く違うと評価するらしい限りなく同一形状の何か。)であれば、違う印象、評価をする可能性もあります。それは昨日書いたとおりです。形状が嫌いなのではなく、設計思想と、配色が不愉快なのです。
     あくまでこれは自分の心象でしかありませんが、この不愉快さをさらに不明確に心に抱えている人は、更にもやもやむかむかされていることと思います。ですから、「正しいとは言わないが、デザインの文法、言語を理解しない」視点では「こうも見える」という一つの例を言葉ではっきり書いてみました。デザインをされている方と見える世界にどれだけ差があるかはわかりませんが、評価の違いからはきっと違う世界を見ているのでしょう。その差から埋めるべきものの一つでも見つかるようなら幸いです。

     周りの人の目だと、「ダサい。80年代のようだ」と感じる人は多いようですが、それは単純な幾何学模様だからでしょうね。

     その後、原案だの修正案だのが出てきているわけですが、当初の図案と重複したと思われるデザインがやはり「劣化コピー」だったことで、正直「盗作ではない」という心象すら崩れつつあります。そもそも、基準点がぶれすぎて、時系列もコアになる話もバラバラで「こいつらだけは誰一人として信用ならねぇ!」というのが現状です。整合性を取るために基準とすべきコアがもう見えないんですよ。
     おそらく、「どうにかしたい人」は「何でもいいから穴見つけて引き摺り下ろそう」としてるのだと思いますし、「だから重箱の隅を突かれるし比較もされるし、粗も探される」のです。
     それをわかっていて、盗用(ましてや改ざんされているわけですから、同一性保持権まで侵害しています。コピーよりたちが悪いです。)した画像によって、釈明を行うのは「裁判で負けることで仕方なく撤回した」という構造を作りたいと当事者も思ってるのでしょうか?
     頭が悪くても、隠蔽や誤魔化したいと少しでも思うなら、「整合性は崩さない範囲で自分に有利な物証」を提示するはずですが、そのつもりが少しでもあるとは思えないものを出してくるのは「デザイナー脳」だとどんな意味があるのか流石に理解できません。一般人の思考では「本当に頭が悪いか、世間を小ばかにしておちょくっている」以外に答えが見つかりません。
     黙ってて、最終案の説明だけなら「まだ仕方ない、可能性がある」と認識できたわけですが「基準になる時系列、事実」が無くなり、「信用、信頼」が無い人たちの戯言に「なんて突っ込みやボケで答えればいいのかも」わからないです。原案とされるほうは流石に劇場どころではなく似た形状の代物で、本人がソレを見た痕跡を残している以上「今回は知らなかった見ていない」は通りません。何も言わないときよりも状況も状態も惨憺たる状況です。さて、「何を根拠に」あのデザインが妥当で、本人によって作られたと担保すればいいのでしょう?
     当事者が言うことは既に整合性すらなく、信用できないので、私個人としても「白と信じる理由は喪失した」といわざるを得ません。

     尚、昨日「とめるべき」と書いたのは「黙れ」という話ではありません。擁護をする声を上げていけないということでも、やめろという話でもありません。
     「相手はその優れた点を見出せず、評価すべき点を知らない」のですから、「覆すだけの利点、妥当性を説明する」のは、正当な反論、反証、意見です。
     理由、根拠すら提示せずに、自分の肩書きをたてに「誰かのセンス、評価を貶める」行為を「職業そのもの価値を毀損する行為であり、その職業に誇りと矜持があるならとめるべきだ」という話をしています。それは当事者、同じ立場でなければとめることにすら意味は無いんです。きちんと妥当性を立証し、正当性を主張し、理解をしてもらうよう試みるべきだという話をしているだけです。
     そしてその正当性、妥当性の根拠を言葉で明確に出来ないなら「黙っているべき」で「作品でわかってもらえる社会を創るよう努力する」のが「名の知れた人」のすることだと思うのですよ。何をするにも信用、信頼は大事で、それがなければ「妥当な話すら聞いてもらえなく」なります。
     既に…そうなりつつありますよね?

  10. はじめまして。ブログにコメントを書き込みすることはないのですが、
    見ててかわいそうで…
    私も20年以上デザイナーやってます。
    佐野氏もおそらくデザイナーを志して20年近くキャリアを積み上げてきて、
    やっと、頂点に立ったのに盗用疑惑とか騒がれて、やりきれないでしょうね。

    五輪エンブレムに採用されるために作成したロゴが一般の人には
    かっこわるいとうつったんですね。
    私もこのエンブレム見た時、キレイにバランスも取れていて日本感もありいいと思いました。
    多分、古いデザイナーだからですね。見た瞬間に田中一光だって思いました。

    私はこんなコンペには到底参加できないレベルのデザイナーですが、
    もし、参加できるとしたらおそらく選考委員長も永井さんですし、その世代のデザインを
    意識して作成すると思います。
    田中一光・亀倉雄策・福田繁雄とか、学生の頃に習ってきて、
    古くならないデザインっていう概念が刷り込まれてるんでしょうね。

    デザイナーに問題があったのではなく選考の仕方に問題があったんでしょうね。
    グラフィックの大御所が選べばこれになる。
    一般の人が選べばおそらく違う答えが出た。
    オリンピックなんて国をあげての事業、国民投票で選べばよかったのに。
    そうすればリオ五輪みたいなのに決まったでしょう。

  11. 本当に、パラリンピックのはさらにひどかったですね。
    平等とは、平=水平のイメージなのにそれを垂直にしてしまって、
    説明を聞けば、なるほどすごいと思うのですが、後付けのこじつけではないかと・・・

    日章旗のデザインをどう思うか?
    今回のものと比べることはできないでしょう。
    そもそもデザインの目的が違うのだから・・・
    国旗は、その国の歴史や思想などをあらわしているかということが
    デザインに求められるべきではないでしょうか?
    その意味では私は優れていると感じます。

    では、オリンピックに求められるのは何か?考えたんでしょうかね?

    また前回の投稿で、私は和的なものは動きとか華奢とか線とかいう言葉を使ったけれど、
    実は、その対極の豪華、大胆、静的なものがあるのも日本的だと思っていて、
    国旗など、その後者の代表ではないでしょうか?

    そういう意味で、佐野さんの初案は大胆で静的であるけど
    そのなかに、なんとなくかわいらしさもあったりして、
    まだ主張の一貫性があった。だけど、さすがに似過ぎでしたね。

    修正されて、どっちつかずになったんだとわかって、納得しました。

    やっと白紙撤回が決まったようで・・・
    万人受けのデザインなどある訳はないでしょうが、
    少なくとも半数以上がいいと思わなくては、と誰かが言っていたけど
    まあそういううものに決めてほしいですね!

  12. あと、忘れていました。

    勝手に登場して、好き勝手に意見を述べさせてもらって、すみません。
    また、このように色んな方の意見を聞ける場を設けていただいて感謝しています。

    記事ではデザイナーの方の色々な事情がわかって良かったです。
    Ypsinariさまのご活躍を祈っております!

    • yoshiya様

      こちらこそ、貴重なご意見ありがとうございます!

      僕も、デザイナー以外の方のたくさんの意見が聞けて良かったです。

      また、遊びにきてください。

  13. Ypsinari→Yosinari

  14. 度々失礼致します。
    日章旗の件、コメントをされておられる方がいたのでコメントさせていただきます。

    日章旗のすばらしさが分かるなんて、どうやらデザインの造詣がとても深い方のようですね。(嫌みではありません。)
    私は恥ずかしながら、デザインの仕事に携わって10年以上たっていますがまだまだ本当の意味において日章旗のデザインの良さをつかめきれていません。この領域に到達できたらデザイナーとしてどんなにいいかと思います。ただ日章旗のデザインに対して私が言えることは、このデザインは時代を経て日本人に寄り添い時代と共に成長し重みを持ち今も生きているデザインであるということだけです。その結果としてよいデザインなのだということが分かります。シンボリックなデザインに関しては国旗だろうがオリンピックエンブレムだろうが根底を流れる本質は同じだと思っています。佐野氏のデザインは個人的にはすばらしいものだと感じましたが、ただ世間にお披露目されただけではその真価は発揮されていないのだろうと思います。本日、佐野氏のエンブレム使用中止が発表されたことにより真価を発揮することなく世間によって抹殺されてしまった事を本当に残念に思います。

    今回の一件で、デザイナーのはしくれとして、デザインについて本当に考えさせられました。戦後、亀倉雄策氏と田中一光氏が切り開いた日本のデザイン。彼らが生きていたらどんな風に思うのだろう。デザイナーとは一見華やかに見える職業ですが、答えのない問題に向かって地道にアブダクションを繰り返す、職人なのだと改めて感じました。個人的には納得がいかないけれどもこういう世間の風潮もまた、時代であって自然なのであれば、今の時代にあるべきデザインの姿ってなんだろうと。あれこれ考えてしまいます。

    ともかく、目の前の仕事に精進しようと思いました。
    そして佐野研二郎氏のこの先に期待しています。

  15. 五輪エンブレムは100万円ですがそれは書かれているように名誉賞という部分が大きいからであって、それと比較してサントリーの仕事の対価が安いだろうというのはおかしいですね。恐らくかなりの金額だと思いますし、例え安いとしてもあんなコピペは絶体ダメです。それと佐野さんの他の作品でも写真の無断盗用(コピペ)が多くありその時点でデザイナーとしての基本的ルールが守れない人、デザイナーとしての信用、資格なしと言われても仕方ないですから、そんな人のデザインをエンブレムに採用するのはダメだということになると思いますよ。

  16. モノづくりの現場のデザイナー&アーティスト

    通りすがりの者です。

    この問題はいろいろと考えさせられました。

    最終的には、デザインのコンセプトや考え方は関係なく、見た目にオリジナリティーがあるかどうかが大事だと考えております。
    そうでないと、何のために商標登録や意匠登録があるのか分からない。

    自分が制作したデザインと既に似たデザインが存在するのであれば、気づいた時点で引き下げる、別のデザインを考える、それがプロ意識ではないかと感じております。

    実際、様々なデザインが溢れ過ぎていて、全くどこにも存在しないデザイン、似た要素が全く無いデザインを制作することはかなり難しく厳しい時代となりましたが、この問題はデザイナーの世界だけではなく楽曲等、他ジャンルでも言えることなので、もう少し寛容な対応(メディアを始めとした世間の反応)でも良かったのではないかなとも感じております。

    難しいところです。

  17. 普通の日本人

    意識を盛り上げるとかよくわからない理由でこうしたエンブレムとかゆるきゃらとかスローガンとかが公募され、ほぼ出来レースで決められる。そんなことに何の意味があるか、税金の無駄遣いとしか思えない。デザイン料が安くてモチベーションが上がらないならコンペに参加しなければよいだけのこと。参加するのは名誉欲を満たし、こうしたコンペで受賞すれば仕事が増える―そういってくれた方がわかりやすい。デザイン料が安いからといってパクリが正当化されるものではないと思うし、パクったからモラルがないともいえない。結果的に似てしまったらその時点で考えなおせば良いこと。ここからがプロの腕の見せ所だと思う。人と違うことをするからプロとしての価値があるし認められるのだと思う。似たようなデザインのままで終わらせるのは素人だと思う。素人に何がわかるか、業界を知らないというのは逃げでしかない。素人でもわかりやすいデザインでユニークなものを創造するのがデザイナーの仕事。結果としてのデザインしか素人に分かるわけがない。ましてやそのプロセスや生みの苦しみなんてどうでもよいこと。

  18. 検索でひっかかった通りすがりのデザイナーです。
    少々ひっかかるところがあり、失礼ながらご意見させていただきます。

    現在この一件に関しては、五輪に関する以外にも多方面に影響を与えていると思います。

    その中でも世間の『デザイナー』と言う職業に対するイメージへの悪影響はかなり大きく、
    個人的にはそちらのほうに危機感を強く感じ、同じように感じている同業者の方も多く感じます。

    一般の方の反応を見ていると、広告業界全体がこうした体質であり、
    デザイナーは多かれ少なかれ、皆パクリも当たり前と思い込む方が本当に多いようです。

    実際は、そんなことはないと私は思っていますが(美大でも職場でも著作権については厳しく教育されました)
    同業種の方が、一部認めてしまっているような発言に少々意見してしまいたくなってしまいました。

    (ちなみにこちらは同業種の意見として注目を集めていらっしゃるようで、
    かなり上位に表示され、「同じデザイナーから見た真実」的な目線で一般の方に見られているかと思います。)

    その中で、
    >3000円のロゴ に関するくだり
    安いものに時間はかけられない、既存のものを、トレースとまではいかないが参考に利用する
    >これもパクリだと言われれば、パクリになるのかもしれません。
    >クライアントの意識や予算を考えると、そういう仕事もあるのが現実

    これらの意見に関しては、まったく同感はできません。

    読み進めると、「サントリーレベルの仕事であればアウト、安い仕事ならまぁ許されること…」
    といった意見にも見受けました。

    実際の仕上がりは、恐らく訴えられないようなグレーなレベルに仕上げているのかと思いますが、
    基本的に『デザイナー』としては、値段に関わらず本来はしない行為だと思っています。
    安価な仕事周りでは、そうしたところもあるのでしょうが、業界全体で行われているわけでもなく
    「あるのが現実」だとしても「だから許される」ことではありません。

    これらを、ある種「デザイナーの一般論」の中にまとめてしまっているところに違和感を感じました。

    フェイスブックからの引用に関しても、『デザインの買い叩き』『価値の誤認』は確かに存在しますが、
    それらをいいわけのように扱うのは間違ったことかと思います。

    まったく別の話の例えですが、偽装肉のミートホープ社長の「安さを求める消費者が悪い(だから俺は悪くない)」と似た理論を感じました。

    その他の記事部分に関しては、大変同意できる意見なのですが、
    個人のblogとはいえ、それなりにこちらが一般の方に与える影響もあるかと思います。
    同業種の方までが、これ以上間違った印象を世間に増やさないでいただきたい…というのが率直な感想です。
    長々と大変失礼いたしました。

    • Tさん、貴重なご意見ありがとうございます。

      ご指摘の箇所ですが、僕もあらためて読み返してみると、当初言いたかった『五輪エンブレムの盗用疑惑』とは、内容がずれている事に気がつきました。ご指摘ありがとうございます。

      書いた当初は、僕個人の仕事の実情を入れることでリアル感が出るかなと思っていましたが、ここまで記事が読まれるようになり、デザイナーの一般論として受け止められると、僕としても本意ではないので、一部記事を修正させていただきました。

      おかげで、言いたいことがまとまり、スッキリした文章になりました!

      大変感謝します。

  19. 偶然、通りかかったものです。少し違和感がありコメントさせていただきます。
    佐野氏の原案とやらが出てきましたが、そこには最終案にあった日の丸の輪郭は見えません。あるのは幾何学的な長方形と三角型、丸だけです。ところが佐野氏は最終案に対するコメントで、64年オリンピックのエンブレムへのリスペクトがあるというようなコメントを述べていたような気がします。これは後出しジャンケンと同じで、理屈と膏薬はどこでも付くという話です。また、右下の銀色の三角型様なものは、Lであって、Tとは異なります。原案が著作権上の問題があると判明したため、本来は差し戻しにすべきだった佐野氏を使いたい組織委員会マーケティング局がなんとか修正、修正のすえたどり着いたのが結果的に最終案で、リエージュ劇場に似てしまったんじゃあないのかなというのが素人の推測です。乱文お許しください。

    • ryoさん、こんにちは。

      コメントありがとうございます。

      確かに原案と最終案では、随分と形が違っていますね。本当のところはわかりませんが、原案を出したあとの修正途中に「亀倉雄策氏のエンブレム」へのリスペクトへと、デザイン性を変更したのかもしれませんね。右下の銀色の三角形は、あれを置くことで全体に円が浮かび上がるので、「亀倉雄策氏のエンブレム」へのリスペクトといえばつじつまが合う気がします。原案と比べると、Tへのこだわりは薄くなってしまった印象ですが…。

      貴重なご意見、ありがとうございました。

  20. こんにちわ。デザイナーとは違う職業の者です
    このデザインが盗用なのかは正直良くわからないのでそこに疑問はないのですが
    デザインそのものについて不思議に思ってます
    まず、色々なところの意見を見ると、一般受けが悪くデザイナー受けがいいようです
    私もデザイナーではないからかイマイチこのデザインが日本のオリンピックのエンブレムだって見えないです
    もちろん専門家に言わせると位置や色、形の細部まで意味があるし奥の深いデザインなんだろうとは思います
    参考記事にリンクされた方も応募者全員にテレビ番組でプレゼンする機会を与えれば良いとコメントしています
    疑問なのはオリンピックのエンブレムに説明しないと少なくとも一般人にはわからないデザインでいいのかということです
    現在オリンピックは205の国、地域が参加しているそうです。見る人は何十億人にも登るでしょう
    その人達はお互い国も分化も人種も時代背景も置かれた境遇も全く違うものです
    その人達に説明して回るのでしょうか「このエンブレムはこんなに奥深いものなんだよ」と。
    もっと分かりやすい(分かりやすいってなんだって話になるのでしょうが)デザイン候補はなかったのかな?と思うのですが
    デザイナーから見てこの考えはどうなんでしょうか
    盗用とは関係ない話でごめんなさい

    • T.H.さん、こんにちは。
      コメントありがとうございます。

      確かにデザイナー受けが良くても、一般受けが悪いエンブレムでは良くないですよね。世界中の人に説明して回るわけにもいかないですからね。
      僕個人の意見としては、今回の件で「デザイナー」と「デザイナー以外の方」がデザインを見た時の、感じ方や捉え方が、ここまで違うものなのかと驚きでした。
      新しいエンブレムは、あまり安っぽいデザインにはしてほしくないですが、やはり、一般の方にも受け入れやすいデザインが良いのではと思います。

  21. デザイン関係

    この件は「大衆の共感が得られなかった」に尽きますね。
    似てる似てないに関しては、明らかに共存できるだけの違いがあります。

    しかしながら特に黒のラインが負のイメージを持たせてしまい、
    結果として単に嫌だと感じた人が粗探しをはじめ
    他の仕事で明確な盗用があり、審査員との関係が明らかとなってしまい
    誹謗中傷が山のように送られて白紙になった、という流れ。

    残念ながら佐野氏は恒例的に悪いことをしていたのでしょう。

    会見ではせめて「グラフィックデザイン業界」や「広告業界」と言って頂きたかった。
    他のデザイン分野にご迷惑が掛かる。

    アートとデザインの違いが分からない方々が大多数の中でデザインをご理解頂くには時間が掛かりそうですね。

    特に最近のデザインは「改善」という性格が強くなってきているので、唯一無二を創出することがデザインだと認識されている方にとっては理解しがたいことだったと思います。

    • コメントありがとうございます。

      本当にそうですね。確かに佐野さんは過去にたくさんのミスを犯しているのかもしれません。
      一般の方は、「商業デザイナーという職業とアーティストの違いが分からないものなんだ」ということも、今回の件で改めて認識しました。

      僕も「似てるけど、十分共存できたな」と思っています。

      デザイナーとしての個人的な感想ですが、今回のエンブレムはやっぱりすごいなと思います。展開性やパラリンピックとの整合性、要素の意味付けなど、「相当考えて作られている」という感想です。デザイン的には、修正されたあとの最終案の方が特に好きです。佐野氏の原案と修正にいたる偶然の産物が生み出したロゴなのかなと思っています。

      結果は残念でしたが…

  22. 第一に:過去の実績など関係ありません。素人がコンクールに応募して認められれば受賞し有名になるだけのことであって、素人がダメだというのであれば素人に受賞させる訳にはいきませんから、受賞する人間などこの世の中に1人として発生しませんね。又、外科医が優れた技術で過去に何十人の命を救ったとしてもその外科医が人を刺し殺せば殺人犯なのです。過去の実績で許されることは決してありません。従って過去の実績など持ち出して佐野氏を論議するなど的外れ以外の何ものでもありません。第二に:オリジナルティーが有るか無いかなど何の意味も持ち得ません。どのようにコジツケようとも結果的に他人の作品を無断で使用すれば盗作なのです。例えば他人の顔写真を無断で使用し、ホクロやヒゲやコブを引っ付けて「顔の美しは個性が大事だと主張したかった」と言い、これが私のオリジナルティーだと主張して通用するのはデザイナーの世界だけではないのかな。第三に:佐野氏のデザインしたエンブレムは「なんじゃこりゃ」と思うだけで、説明してもらわなきゃ意味が解らない。オリンピック・パラリンピックは汗をほとばらせ肉体が躍動するスポーツま祭典であるのにその感動がまるで無い。パッと見た瞬間にスポーツの祭典だとの印象が瞼に焼付く作品であるべきだ。第四に:あちらの作品もこちらの作品も盗作だらけなのに五輪エンブレムだけは「いかに酷似していようとも私のオリジナル作品です」と主張しても世界中の誰が信用するのだろうか。デザイナーではない素人の人口のほうがはるかに多いのに。日本には「理屈とこう薬はどこにでもくっつく」とのことわざがあります。いかに言い訳しようとも盗みはいけません。どうぞデザィナー界の皆様方、多少の盗作は当たり前の世界から脱却し素人の時の素質を大事になさって下さい。(注釈:こう薬とは現代の商品に例えればサロンパスと思って下さい)

  23. ブログを興味深く拝見させていただきました。

    私はデザイナーとは縁も所縁もないシステムエンジニアです。

    私的な見解ですが、佐野氏が作成したエンブレムは原案を含めて盗用では無いと思っております。
    また、今回のエンブレム騒動は加熱し過ぎであり、佐野氏は謂れなき誹謗中傷に晒されたいへん気の毒に思っております。

    ここ以外にも、デザイナーの方が佐野氏のエンブレムの解説を行っているブログが幾つかあり拝見いたしました。
    おおむね、デザイナーの方には佐野氏のエンブレムは好評で、如何に考え抜かれたデザインであるかを解説しており
    素人ながらデザインの奥深さを考えさせられました。

    その上で、私個人はこのエンブレムが撤回されたことを嬉しく思っております。

    今回のエンブレムが何処かの企業の為のものであれば、優れていたのだと思います。
    商品を買ってもらう為に企業イメージを消費者に訴えるものであれば、です。
    企業がイメージ戦略に必要な展開力が非常に優れているのでしょう。
    その場合、私たちは企業のイメージ戦略を受ける側です。

    しかし、今回はオリンピックのエンブレムです。
    日本の国民の、世界の人々のエンブレムです。
    展開力よりももっと大事なものがあるのではないでしょうか?

    解説を読めば読むほど、佐野氏のエンブレムはオリンピックで商売をする企業の為のデザインに思えてなりません。
    今回の騒動はデザイナーのデザイナーによるオリンピック商用利用のエンブレムで、国民に向けられたものでなかったのが
    そもそもの発端ではないかと思います。

    最後に佐野氏がデザインを模倣したとは思いませんが、他の著作物の無断使用は許されるべきものではなく、オリンピック
    エンブレムの製作者としては不適切であり、今回の撤回は客観的にも妥当だと私は思います。

    • Takuさん、コメントありがとうございます。

      今回のエンブレムが盗用ではないにしても、たとえ内部資料であったとはいえ無断使用は許されるものではありません。そこは同意です。
      サントリーのトートバッグも、スタッフがやったこととはいえ監督責任が発生します。

      客観的にみると撤回は妥当かもしれません。

      個人的にはどうしても、デザインの善し悪しばかりに目がいってしまうのですが、確かに展開力やデザイン性よりも大事なものが、オリンピックのロゴとしては求められるのかもしれません。

      貴重なご意見ありがとうございます。

  24. ファイブレイン

    大筋賛同いたします。
    私自身、色眼鏡での判断は危険と思いますし、嫌いです。

    ただ、どうなんでしょう。
    盗作で無いとしても、それだけなら問題は無かった。
    ところが、後から後からザクザクです。
    確かに拡大解釈と思われる件もあって「関係無い」と言えはするのですが、如何せふるいにかけたとて多過ぎる。
    それこそ国家を代表するとも言えるワークなのですから、「火のないところに煙は立たぬ」で、グレイどころかブラックな経歴が出て来ては資格としてアウトだと思います。
    例えると、勲章授与で皇居に呼べるかどうかを宮内庁が審議する条件の様なもので、授与後でもサザンの桑田氏の行動が物議を醸したことと、世論解釈的には似ていると思います。
    「無関係でも資質を考慮すると不的確」と言うことで、それが日増しの批判票を積み上げてしまい、最終結論に影響したものと思います。

    終盤に組織委員会が経緯を説明したことが決定的な墓穴を掘ることになったのは明白で、対応に慎重さが必要とされるタイミングでもあり、愚かで無いとするなら(下げさせる)「意図」があったとも言えるてんこ盛りだったと思います。

    極め付きで、審査員が変更の経緯を知らなかったとまで出て来ては、「いったい組織ぐるみで何をやっていたのか?」と更に国民からの不信感が高まって当然でしょう。

    とにかく、素人が見て「似ている」様では、決して「オリジナリティ」が高いとは言えないことは確かであり、僅かな差や経緯の違いにて「全く違うオリジナル」として全く引かなかったことは、逆に佐野氏の業界やその関連のプライズの価値を相当に低めてしまったのではないかと思います。

    少なくとも、塗り絵が当たり前のデジカメを良しとせず銀塩の一発に拘って「ユニークなオリジナリティ」を志す様な姿勢は全く無い訳ですから、明らかに「芸術家」では無く「看板屋」ではないかということです。

    • ファイブレインさん、こんにちは。
      貴重なご意見ありがとうございます。

      そもそも、商業デザイナーは芸術家とは違います。自分の好きなものを作ってお金をもらうわけではなく、あくまでもクライアントからの発注があって、その要望に即したデザインを手掛けることによりお金をいただいています。オリジナリティ云々は、また別の問題になってくるのかなと思います。どんなにシンプルで、世の中に似ているものが多く存在するような形でも、クライアントの要望を的確にとらえたデザインであれば、グラフィックデザイナーとしては正解となる場合もあります。

      今回の佐野さんの件は、確かに過去の作品で認識の甘いところがあったのではないかと、僕も思っています。この記事を書いた時点では、盗用は言いがかりだと思っていました。今でもエンブレムに関しては盗用ではないと思っていますが、白紙になったことに関しては仕方ないかなと思っています。

  25. 著作物に対する意識は明らかに低い人が多くの受賞経験があるという事自体が業界の意識の低さを明らかにしています。
    本来、創作者の権利が守れられていることで生活の糧を得ていたはずなんですが、CopyLightを消して使うという悪質さを考えると、今更擁護してはいけない人なのではありませんか?。
    また、多摩美術大学のポスターの件に至っては悪事に悪事を重ねるというありさまで倫理観の無さにはあきれ果てるしかありません。
    デザイナーという職業の方がこのような人を擁護するような発言をされている方が多く出ている現状こそが上級国民と揶揄される要員だと気づくべきなのですが。
    なお、上級国民は元総理や事務総長の躍動感が無くなったという修正指示は聞けるようで、リエージュとは似ていない考え方は、後付けの言い訳だった事も明らかになっていますが。。
    そんなデザインを「世界に類のないデザイン」だと公言した事はもう嘲笑の的でしょう。

  26. 今、どう思われているのか。意見を聞きたいです。
    ネット上の写真のコピーライトを削って使用していた人に対して、パクリで無かったと言えますか。パクリかどうかは本人にしか判りませんが、本人がパクリでないと言いながら、アピールする写真はパクリだったなんて。
    これも小さな出来事でしょうか。彼が善人であろうがなかろうが私には関係ありませんが、余りにも安易なやり方で他人の著作権を軽視するという本質が見えてきたという事ではないでしょうか。
    偶然が多すぎます。

    • 今でも五輪のエンブレムに関しては盗用ではないと思っていますよ。

      個人的な見解ですが、佐野さんの言葉に基本的には嘘はないと思います。
      トートバッグに関しては、スタッフがやったことだとはいえ、すぐに監督責任を認めています。
      エンブレムの使用イメージに使っていた写真に関しても、デザインそのものとは直接的に関係ないことですが、流用をすぐに認めています。(もちろん内部資料だったとしても基本的にはNGですが)
      その他のことは詳しく調べていないので、なんともいえませんが、上記2つに関しては、そのへんの認識が甘かったところはあるのかなと思っています。

      ただ、もしエンブレムも盗用だったとしたら、今頃きちんと認めているんじゃないかと個人的には思いますが…
      上記以外のことでも色々と騒がれていて『偶然が多すぎる』と思うのも自然なことだとは思いますが、たくさんの人がネットで検索すれば、偶然を必然のようにこじつけることはいくらでも出来ると思っているので、事実関係がわからない事に先入観をもって考えることは、あまり良くないことだと個人的には思っています。

  27. 近年の北京やリオのエンブレムを見てください。
    佐野デザインのようなエンブレムは既に古いのです。今回のような疑惑に結びつくから選ばれません。

  28. はじめまして。

    興味深く記事を拝読させていただきました。

    佐野氏の失敗は、『新しい価値観』を人々に与えられなかったことも大きいかと愚考します。

    初期対応の不味さや一般の方々へのわかりにくい説明や他の盗作疑惑という複数要因が重なって、それらが負の状況を加速させていたように見受けられました。

    初期に「私はこういうデザインで考え、そしてエンブレムを完成しました。」という具体的内容を提示していれば、ここまで酷いことにはなっていなかったのではないでしょうか。

    一般市民と意匠家の考え方が異なるのは当然で、ではその辺りを佐野氏が理解されていたかについては『あまりよくわかっていなかったんだろう』と思います。

    現代美術とか現代アートとかの多くが『わかりにくい』『わからない』というのも、糾弾側の無意識にあったのかもしれません。

    人は『わからない』ものに対して無視するか奉るかいやしめることが殆どです。

    故に、議論というものには柔軟さと許容が必要です。
    ネットでは議論でなく感情論的糾弾に留まっているものが大半で、理論的なものはなかなか見られません。

    また、佐野氏を擁護される意匠家の方々の意見でも、『素人になにがわかる!』という感情論的論調が多々見受けられました。

    『わかる』『わからない』という論調だと水掛け論に終始するのに。

    民主主義社会の根幹は多様な価値観の共存だと考えていますが、日本はそうした方向とはまるで違う方向に全力疾走しているようで不安になります。

    ともあれ、比較的理論的で稀少な記事を読むことが出来て、とても良かったです。

    長文乱文お許しください。

    • 輪音さん、こんにちは。

      確かに、一般の方々への説明がわかりにくかった、言い訳がましく捉えられた感も否めません。

      デザイナーである僕からしても、デザイナーとデザイナー以外の方の捉え方が、ここまで違うものなのかと驚いたのと同時に大変勉強になりました。

      今回の件は、本当に色々と考えさせられる事柄でした。

      貴重なコメントありがとうございます!

  29. >個人的な見解ですが、佐野さんの言葉に基本的には嘘はないと思います

    その程度の誠実さも多分無い人です。

    少なくとも、
    headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150903-00000004-jct-soci
    明確な嘘をついてしまいました。
    彼にとってはそれらは、既製品に見えたことでしょう。どうせ同じようにすれば、おなじものできんだろ?そう思っていたのでしょう。

    しかし、
    http://www.glafas.com/news/topics/150904sanokenjiro_tamaartuniv_ad_validation.html
    同じ型番の商品でも、同じものなんて無い。それすらわからない鈍感さを露呈しています。
    量産品でも、人の手によって使われたり、身につける道具はフィットするように整えられます。
    服飾もそうですし、道具だってそうです。
    どこかの誰かさんの様に、新品を並べてできましたなんてチャラい仕事なんてそんなに世の中に多くないのですよ。

    他人の仕事を軽く見ていないなら、これをウッカリ言うことは無いでしょう。
    何処の誰が「嘘を言わずに正直」であると?逆に、「同じもの」をスクラッチから生成できるなら、かなりの腕前で「盗用」なんてしなくても色んなもの作れるじゃないですか。
    まぁ、「写真」で「あの一致」は写真を撮ったことがあれば、素人でもバレると気がつきます。
    部下がやったとしても、「その言い訳は通らないよ」と言わざるを得ない状況と判断ができるはずです。

    http://blog.livedoor.jp/aokichanyon444/archives/55356707.html
    他のケースにおいても「引用の範疇を超えていて、且つ、無許諾」で「流用している」訳ですが、そもそもコピーライトを削って流用することもまた、他者の仕事に対する考え方が「タダの道具や素材としか見ていない」証左であるとおもいます。
    世間の憎悪、不快感は、この他人の力、労力を小ばかにした上で詐取するような仕事にあると思うのです。
    たとえば、自分よりいい背景の素材を作れる人が居る。すばらしいから使わせて欲しいと交渉し、この方のすばらしい素材によりこれは完成しましたと謝辞を送る。それは一緒に仕事をし、人の力を認め、協力するということです。そういうしごとに誰がクレームをつけるでしょうか?しかし、他人の作品を切り張りして、自分の名前をつける。それはその人の仕事を軽く見ているだけです。そこに敬意や誠意はありません。都合がよければ誰のどんな素材でも良かった。そんな人に使ってもらいたいと誰が思うのでしょうか。

    さて、「誰が他人の仕事に対して路傍の石程度にしか思っていないようなやつ」の仕事を「それ以上だと評価する」でしょうか。その必要が、その理由が何処にあるのでしょうか。
    「他人の仕事を軽く見ている人間が、自分の仕事は評価しろ、いい仕事で真面目にやったと思え」なんて一億五千万年早いです。

    そして、間違いなく、「嘘を」ついてしまいました。
    ろくな人間ではないが嘘はつかないひとから。ろくな人間でも無いし、正直ですらない。
    最後の良心も自分で捨ててしまった彼に、なにか評価すべきものはあるのでしょうかね?
    ここまでくれば100個増えたところで同じなのですから「やったものやら無いもの」を「正直に」答えることで「せめて嘘は付かない人」というラインは守れたでしょうに。
    でも、その判断、判定もできないほど「いつも真面目に仕事なんてしてなかった」んですよ。
    素材をきちんと見て無いんですよ。

    おっしゃるとおり「あれ」については、「端折っただけ、認識能力が低かっただけ、そして、伝える力や考える力が低かっただけ」だろうとおもいます。が、それ以外の仕事の質がそれで、信頼性を担保するものなどありませんし、庇ったところで、世の中を隅々までひっくり返したら「本当の元ネタ」が出るかもしれませんし、そういう危険性がある人ということです。
    というより、本人の発言は「最初の会見」で「嘘」にちかい「事実誤認」が既にあるのです。
    嘘をつかないと思える理由は実は何処にもありません。

    「嘘が無い」とおっしゃるのなら、多分発言を「きちんと見聞きしていない」のでしょう。
    「大体、概ね事実」とは思われるが、「裏を取ってきちんと考えて話してはいない」ですが、嘘は言わないという点についても、「最初から担保するものなんて一つも無い」んです。
    ただ、「デザインに対する説明が、破綻はしていない、整合性のあるものだった」というだけで、正直だったわけでは無いので、一緒にしないほうが良いと思います。その整合性を評価して、世間が言うほどは嘘つきでもないのだろうな。とは思ったけれど、「正直な人」とは最初から思ってないのですよね。

    • Seedさん、コメントありがとうございます。

      僕は実際の佐野さんに会ったこともなければ、過去の経歴もそれほど詳しい訳ではありません。
      なので、必要以上に佐野さんを擁護するつもりもないので、客観的な意見(デザイナーとしての視点は入っているかもしれませんが)として捉えてください。

      眼鏡の画像が盗用かどうかということは、それほど詳しく調べた訳ではないのでなんともいえませんが、
      画像を重ねてピッタリ一致したということなら、おそらくクロです。
      画像を重ねてピッタリ一致する写真をとるなんていうことは、やろうと思ってもなかなか出来る事ではありません。この仕事をしていれば、僕でもそれぐらいはわかります。おそらく、佐野さんもそんなことは百も承知なはずです。

      ただ、このの件に関していえば、佐野さん本人がやっていたのか、スタッフがやっていたのか、佐野さんが知っていて黙認していたのか、佐野さんの会社が発表したコメントが佐野さんの了承を得ていたのか(普通に考えれば会社のコメントは代表としてのコメントですが、今回は普通の状況ではなかったと仮定すると)なども考えると、また違った見方ができると思います。

      エンブレムの展開案で画像を「流用」したときにも、トートバッグの時もそうですが、佐野さん速攻で自分の非を認めていますよね。嘘を突き通せるなんて思っていないので、認めることは正直に認めているんだと僕は推測しています。では何故今回の眼鏡は正直に認めないのだろうと、純粋に疑問に思います。

      こちらの方も書かれていますが、
      「多摩美大ポスターの盗用疑惑は完全に黒。なぜ「事実無根」と嘘を付いてしまったのか考えてみた」
      眼鏡の件に関しては、今までのように佐野氏の名前が入っていない、事務所名義でのコメントになっているようです。

      例えば、佐野氏以外の事務所の責任者がスタッフに問いただしたところ、スタッフは眼鏡の画像流用を認めなかった。そのスタッフの証言を信じた事務所側がこのようなコメントを佐野氏の了承を得ないまま発表してしまった。
      全て想像ですが、このような考え方もできると思います。もちろん、佐野さんの責任者としての批判はあってしかるべきですが、だからといってネットの情報を鵜呑みにして、佐野さんの人格まで否定して「嘘つき」呼ばわりしてしまうSeedさんの思考は、僕にはイマイチ理解できません。

      もちろん本当のことはわかりません。佐野さんもコメントしていないので、本人たちだけにしかわからない事情もあるでしょう。

      物事はそんなに単純ではないと思うし、色々複雑な要因があるのではないかと思います。
      Seedさんの主観なので、どんな考えだろうがもちろん自由ですが、僕からすると、もう少し冷静に客観的に考えたほうがいいのではないかと思います。

  30. 興味深く記事及びコメントを読ませていただきました。私はファッション関係のデザイン等をしているものです。
    私も今回取り下げられてしまったオリンピックのロゴに対してはとても好意的に思っていました。
    盗作問題に関しましては確かに似ていると思いましたが、ベースがアルファベットなのである程度は起こり得る問題かなといった印象で、こちらもある意味受け入れているといった立ち位置でした。デザインパーツのコピペに関しましても認識が甘かったんだろうなぁくらいでした。
    ですが、扇子の広告デザインとフォントが水に溶けて行くような多摩美のポスター、あれは発想や構成そのものが疑いようもなく模倣していると感じさせるものであり、盗作と言われて仕方のないものであると思います。とてもではないですが、デザイナーとしてのプライドが見える仕事ぶりではないように思いました。あとサントリーの件に関しましても消費者に監修でななく「佐野研二郎デザイン」と告知している以上本人が前に出てくるのは当然で、スタッフがやったからどうなんだと器の小ささを感じずにはいられませんでした。素直に認めたと言うより言い逃れ出来ないものだけ仕方なく謝ったという印象の方が強かったです。
    とはいえ、この件に関しましてもオリンピックのロゴとは無関係であると私は思うのですが、ロゴのみで言えばそうであってもオリンピック自体はそうではありません。国民が一丸となって盛り上げるべき国をあげての大イベントです。なので、国民感情としてそういった「応援できない疑わしいプレイヤー」が日本代表として参加していることに嫌悪感を示すのは仕方のない事だと思います。なので、今回の取り下げに関しましては私も妥当であるとの認識ですし、佐野氏にも責任はあると思います。
    ただこれは邪推であり蛇足でしかないのですが、本当に多数の人間から見て優良と思われるロゴであったとしたら盗作問題が浮上したとしてももう少し受け入れられたのではないかなぁと思います。私にはこの問題が同業者同士で潰しあっているようにしか思えないのですが…。それに「祭り好き」の他者が便乗した、と。(そうなることも承知の上で火種を投下したという意味です)デザインが発表されてから盗作疑惑発覚までがあまりに早く感じましたので。常習的に盗作疑惑があると知っていないと、いくら受け入れ難いデザインであったとは言え、あのスピードで盗作かもと疑い調べあげることができる人は業界人以外では相当稀な気がします。

    それはさておき新ロゴがどういったものになるのか楽しみです。本当に本当に正直に申し上げますと、ボツになってしまったデザインは近年のオリンピックロゴと比較しましてもかっこいいと思っていましたので残念なのですが、心機一転!今度こそ皆で盛り上げていけるといいですね。

    • Chiaki.Sさん、こんにちは。
      ファッション関係のデザイナーさんということで、貴重なご意見ありがとうございます。
      扇子の広告デザインとフォントが水に溶けて行くような多摩美のポスターに関しては、あまり詳しくないのでなんとも言えませんが
      おっしゃる通り、今回のエンブレム撤回にいたる原因は、佐野さんにも何かしらの原因があったのかなと思うので、仕方ないかなと思っています。
      同業者同士の潰しあいというのは、初めての意見なので大変興味深いです。確かに盗作疑惑にいたるまでの経緯が早かったですよね。
      僕も正直言うと佐野さんのエンブレムに特に思い入れがある訳ではないのですが、純粋にカッコいいなと思っています。
      新しいロゴがどうなるのかは正直、楽しみなようだったり、恐いようだったり(佐野さんのロゴと比較してしまいそうなので…)する気持ちですが、最終的に良いロゴが生まれればいいですね。

  31. 初めてコメントします。

    コメント殆ど読み飛ばしました。すみません。

    私は主様とほぼ同意見です。

    私はデザイン系大学を出ましたが、仕事にはならずほぼデザインの話は素人です。デザイナー側・素人側で意見が対立?でも私は素人の佐野氏擁護側です。

    まず佐野氏のデザインは盗作ではありません。
    厳しい条件の元、簡素化された形を作るのには必ず限界があります。私が20種デザイン画を出したら、
    佐野氏と似たものも出すでしょう。

    現に候補の中には私が頭の中に描いたデザインと
    似たものもありました。

    佐野氏のデザイン、好きか嫌いか?と問われると
    正直あんまり…です。しかしコンセプトは素晴らしいと
    思いました。似たデザインは描けてもあのコンセプトには
    足元にも及ばない。

    デザインの好き・嫌いの意見が多いけど、そこ、今回
    佐野氏が叩かれた部分と何か関係ありましたっけ?

    今までのオリンピックエンブレムを国民皆の意見で決めた事なんてないですよね。

    好き・嫌いの感情が絡み、矛先が佐野氏叩きになっているように思いますがそこは切り離さないと。好みは関係無い話ですから。

    今回の件で、何もかも失い、家族や親族までもが標的とされている佐野氏が本当に気の毒でならない。ここまでの制裁を受けなければいけないほど彼は悪い事をしたのですか?自身のデザインが皆さんのお気に召さなかっただけで、ここまでの仕打ちはあまりにヒドイ。

    悪ノリして騒ぎ立てるマスコミに調子に乗った国民…
    最悪の図式です。

    • shimaさん、コメントありがとうございます。

      本当に佐野さんは、酷い叩かれ方でしたね。
      基本的には一生懸命、仕事をしていただけだと思うんですけどね。

  32. エンブレムの件、難しく考えなくとも、一国を象徴している「イタリア国旗」と「フランス国旗」がここまで類似しているにも関わらず、明確に識別され全世界で運用されている現状を考えれば、共存できるということは明らかです。
    配置が全く同じであり且つ、三色ボーダーという色彩、国旗という運用される目的まで完璧に一致しているので。

    今回多くの方が「似ている」と感じてしまったことには心理学的な理由があります。
    メディアの報道のように二つ並べて「似てません?」と質問された場合、多くの日本人は似ていると答えてしまう。

    あと、「デザイン業界」みたいに言ってしまったのは過ちですね。
    どのような分野でも起こり得ることなので。
    例えば、ラーメンが大好きな人にとってのA店B店の差は、興味のない人にとっては同じ味。
    陸上選手にとっての0.1秒には大きな違いがあるが、一般生活にとってはせいぜい1秒単位。
    工場の職人にとっての0.1mmは当たり前の加工精度だが、私たちの生活では意識しても1mm。

    これは、専門化するほど感度が優れてくるためです。

    ただし今回の件について言えば、そもそも黒をメインカラーに選定した時点で好き嫌いが分かれ喪中のような印象になった点や、審査員との関係や過程の不透明性、更には他の作品や画像の盗用が判明したことにより、人として信頼できないため、取り下げは妥当だと考えます。

    • そうですね。

      専門化するほど、職人の世界になってきますからね。

      どちらにしても、取り下げは仕方ないですね。

  33. 大前提としてデザインというのは自身の考えていることを押し付けることではない。

    ●アート     ■デザイン

    ●制約はない   ■制約がある
    ●自己表現    ■問題解決
    ●説明義務はない ■説明義務がある
    ●新しい     ■より良く
    ●唯一無二    ■再現可能

    造形と言葉が合致できるというのがデザインの特徴。
    アートには受け手の理解力が問われる→今回はこれです。
    現在の義務教育では、美術の時間はほとんど「体験」だから、こういったことを知識として得る機会がないのが大きな問題だと考えている。

    申し訳ないがどう考えても佐野氏の作品は自己表現であったと言わざるを得ない。
    ただし、個人を攻撃するには度が過ぎている。
    コンペの趣旨に沿ったものをデザインしたのだとすれば、
    明らかに審査員およびその過程が大問題。

  34. 今回のコンペには佐野氏が告知前に打診されていた情報も出てきましたね。参加者からは佐野氏ありきの選評会という揶揄もあるようです。
    コンペが聖域と説くには内情に踏み込みが足りないのでは?
    当初リエージュだけ見てパクリとは全く思いませんでしたが、配色の合わせ等似たようなデザインも出てきたので
    デザイン構築する行程で無自覚に記憶から引っ張ってきた可能性も否めません。
    単純図形の怖いところだと思いますが。
    リンク先の意見も拝見しましたが、草案時のデザインはそこの円をテーマにする説明から離れたモノだったような。
    佐野氏の個人攻撃するような輩に賛同はしませんが、コンペの格式を理由にする擁護論は気になりました。

    • >今回のコンペには佐野氏が告知前に打診されていた情報も出てきましたね。

      その情報は知りませんでした。
      そうですね。
      僕もこの記事を書いた時点では、そこまで内情に踏み込んでいる訳ではなくて、単純に『自分がデザイナー』という視点で書いているので、実際はもっと複雑な要因が絡んでいるのかもしれません。
      どちらにしても、客観的に見ることが大切ですよね。
      貴重なご意見ありがとうございました。

  35. はじめまして。通りすがりの者です。

    記事やコメントをざっと読ませていただきましたが、おおまかに分けて、デザインの心得がある人が肯定派で、ない人が反対派となっているみたいですね。

    私はデザインの心得のない素人です。そして反対の人間です。

    記事の方でも、コメント欄でも、このデザインがいかに素晴らしいか、専門用語を交えて細かく説明されていましたが、それは結局、理屈なんですよね。

    我々素人が求めているのは理屈ではなく感動なんです。
    そして、反対派の人々は、このエンブレムに感動しなかった。だから、ここまで騒いで撤回を求めたのだと思います。
    はっきり言えば、私も感動できませんでした。だって、積み木にしか見えないんですから。

    肯定派の方々が、この色はあーで、この形はこーだ。と、だから、このエンブレムは良いものなのだと、説明して下さいましたが、それは結局、理屈ありきの感動なんです。理屈がわからない私のような素人にとっては積み木でしかないんです。

    この、素人目線の欠如とも言いましょうか、デザイン業界と素人たちの意識の解離が、今回の騒動の原因の底にあるように思います。

    「わかる人にはわかる。わからない人にはわからない」この意識が、佐野氏をはじめ、肯定派の人々にあるのではないでしょうか?

    企業や商品のロゴならともかく、オリンピックは国の一大イベントで、エンブレムはその顔です。
    一部の人だけでなく、国や世界の人々にも納得ができるデザインであるべきです。

  36. リエージュロゴは問題ではない。
    問題なのは、サントリートートバッグのデザインのトレースについて、
    佐野氏は共同制作者と言っているが、
    要するにゴーストライターに作らせたデザインを自分の名で出していたものを、
    問題が起きたとたん、「いやあれは私が作ったものではない。」と、
    自分には責任が無いとの見解を示している点。

    • サントリーのバッグに関しては共同制作者というよりは、アートディレクターなので自分で作っていなくて当たり前ですね。
      アートディレクターというのは監督する立場なので。
      そして、監督責任は認めています。

  37. 私もデザイナーです。こういう記事を書かれていろいろと評価されることは素晴らしいことだとおもいます。
    これからも頑張ってください。

    日本だと匿名の誹謗中傷ばっかりですね。あーだこーだと批判だけする人の言葉は汚くて読むに値しません。
    それに返答されているのはとても良心的な対応だと思います。

    とくに今回の叩き方は「尋常」ではないという印象があります。それに乗っかってしまうコメントも愚かな行為だと思っていました。
    悲しいですが、こういう事が世直しだと勘違いして進んでいるように思えますし、これもネット社会という現在の流れなんでしょうね。
    私はこういうことが起こるたびに、楽しんで他人の傷を広げているようにしか見えません。本当に正しい行いだとは思いません。

    デザイナーなので今回の佐野の件もよく聞かれます。私が言っているのは、、、
    デザインを数種類のなかで「良いもの」と人間が審査すれば感じるものがあれば「同じになりやすい」のは根理的に当然だと思いますがね。。。

    • ヨッシーさん、コメントありがとうございます。

      確かにこれもネット社会の現在の流れなのだなと、実感しました。

      >デザインを数種類のなかで「良いもの」と人間が審査すれば感じるものがあれば「同じになりやすい」のは根理的に当然だと思います
      そうですよね。これも当然の流れですよね。

      僕も納得のいかないことに黙っていられない性格なので、世論のコメントにもついつい返信してしまいます(笑)

      同じ考えの方がいると嬉しいです。またのぞきにきてください。

  38. こんにちは。

    オリンピックエンブレム一般公募に参加予定のデザイナーの者です。
    Yoshinariさんも参加されるかもしれませんが、自分で作ってみると佐野さんのデザインがいかに素晴らしかったかわかりますね。

    今更ですが、エンブレム問題、大盛り上がりしましたねー笑
    僕は佐野さんのデザインを見たとき「かっこいい!」と思いました。パラリンピックへの展開をみたときは「完璧!」と感嘆しました。個人的にすごく好きなデザインなんですよね。文句なしにかっこいいと思っています。

    ただ、あれがオリンピックのエンブレムとしてどう?と言われるとNGです。僕はもっとらしさが欲しかったですね。オリンピックらしさが。似ているとか登用、癒着云々はどうでもよくて。そこはもういつの時代もあるものだし、もういいよ知ってるよと笑 それよりダメだと思うのはオリンピックのイメージじゃぁないじゃん!ということです。

    企業ロゴデザイン制作等で、どんなにかっこよくて機能的で斬新で先進的なものを提案しても「うん、わかるんだけど我が社のイメージじゃないんだよね、ごねんね」と言われればそれでおしまい。イメージって本当に大事で、あのエンブレムから醸し出される静のイメージ、黒一本の帯のイメージが東京五輪になってしまいますよね。動画は動きのあるこれまたかっこいいものでしたが、あれもオリンピックじゃないなと。動きを出してはいるけど「動」じゃないなと。64年の亀倉さんのだって動きがないじゃん!と言う方がいるかもしれませんがあれは「動」ですよね。「静」と感じる人のほうが少ないはずです。僕が感じるのは心臓のイメージ。そこは佐野さんもよくわかっていたみたいです。でも、佐野エンブレムには動きが感じられない。シーン…としてしまう。残念です。

    タイポグラフィもNGです。あれを読みやすいと感じる人は0に近い。いいねと言う人は、デザインのおもしろさだったり、エンブレムとの相性だと思う。読めないと感じる、ある意味弱者のことを考えるデザインがなされてないです。使いどころによりますし、佐野さんだってそんなことは百も承知のはずで、どう使ってクリアしていくのかは見てみたかったです。

    デザイナーはひとつのデザインを分解する能力が備わっていて、無意識に分解、分析して納得することができますが、一般の方はそんなことできないです。ましてやオリンピックという地球規模のイベントですから、巧みの技を持ちつつも誰もが、いい!と共感できるデザインが求められます。だから、もっと簡単でないといけないのかなと。深掘りしないとわからないデザインはいらないのだと思います。

    いろんなデザイナーの方や一般の方まで、自分なりのエンブレムデザインを公開していますが、共感はできてもデザインとして巧みでないものばかりです。佐野さんのデザインには共感はできなくとも普通では作れないデザインの圧倒的な質がありましたね。俺でも作れそうとか言ってるデザインなめてる人もいますが、佐野さんレベルのものを何かをパクってもいいから作ってみるといい。例えパクったとしてもあそこまでの完成度はそうそう出せるもんじゃないです。

    と、自分なりに解釈できていても、なかなか作れるもんじゃあないです。はやく降りてきて欲しいのですが降りてきませんね笑 降りてくるというのはデザイナーのYoshinariさんならわかる表現だと思います笑

    7日には提出ですね。どうしよう!難しい!でも楽しい!

    • Sさん、こんにちは。

      公募参加されるのですね。オリンピックのロゴに採用されるかもしれないなんて、素晴らしいことですよね。ぜひぜひ頑張ってください!

      確かに佐野さんのロゴはオリンピック向きじゃないのかもしれませんね。

      そして、Sさんのおっしゃる「佐野さんのデザインには共感はできなくとも普通では作れないデザインの圧倒的な質がありましたね。俺でも作れそうとか言ってるデザインなめてる人もいますが、佐野さんレベルのものを何かをパクってもいいから作ってみるといい。例えパクったとしてもあそこまでの完成度はそうそう出せるもんじゃないです。」という言葉にとても共感します。

      僕は今回、公募には参加しませんが、デザインを考える時は苦しいけど、楽しいですよね。気持ちわかります。

      Sさんの健闘を祈ります!!

  39. 無理やり擁護しているようにしか感じませんでした。
    これは俺の個人的な主観ですよ。

    デザインとかも主観でしょ。
    だとしたらそこに私情が挟まっていると疑われる行為が最低だと誰でもわかると思いますが、
    なぜかデザイン業界の人はこんな簡単なことがわかってない人が多いですね。

    またオリンピックもそのエンブレムも一般の人がどう受け取るかで売り上げも変わるんですよ。
    一般人には理解できないみたいな態度はいかがなもんなんでしょうね。

  40. こんにちは。突然失礼します。
    私は美術畑の人間です。
    久しぶりにこの話題を見て、いまいち関係あるのかわからないけど考えたことがあったので書きました。自己満足ですみません。

    よくアートとデザインは比較されますが、最近の両者に比較するほど大きな差は多くないと思います。上の方がアートとデザインの特徴を出していらっしゃいますが、書かれたものはアートもデザインも今ではどちらでも持ち合わせうる要素です。むしろ、おそらくあらゆる学問の要素をアートやデザインは持ち合わせています。ですから、「〇〇はこういうものだ」という論理展開で議論するのは一般の方も我々もよほど自分の生活に気を配らないと難しいと思いました。政治なんかは勉強しないと価値も仕組みもわからないように、アートやデザインを教養として学ぶ姿勢も、また、そのことを制作者が発信する姿勢も、複雑な成り立ちをしている両者を理解するには不可欠なのかな思います。表面だけを評価するのは文化的危機だなぁと。また、今回の問題点は、こうした複雑なものを扱っているのに、あまりに視野が狭く単純になってしまうことであると思いました。

    個人的には私も佐野さんのデザインは好きでした。そして、解説を聞いてもっと好きになりました。五輪らしくないというのはもっともなのですが、歴代のエンブレムを見ていると必ずしも五輪らしくならなくても良いのではとは思います。勿論、シドニーや北京のエンブレムはそこを抑えていました。でも、パラリンピックエンブレムとの関係性で考えると、佐野さんのは
    デザインとして私は感動できました。
    多くの一般人も楽しめるように、というのが多数の意見で、また、それは商業として鉄則なのでしょうが、デザイナーさんや美術家だって完成度の高いものを楽しみたいよとも思います。こうした議論では忘れられがちですが、我々も市民ですからね。我々の常識だと、儲けろと言うならそれは売り手の仕事です。デザイナーさんは完成度の高い好きなものを作って社会を引っ張ってほしい。私は商業に対する意識が低いのかもしれませんが、そんなことも思います。五輪はその舞台として相応しいのではないでしょうか。

    ところで、エンブレムがウケなかったからといって、それがくっついてる記念商品やスポンサー企業の商品の売り上げにそこまで影響するのでしょうか? どうせ買うのでは?

    • kawaさん、こんにちは。
      コメントありがとうございます。

      >今回の問題点は、こうした複雑なものを扱っているのに、あまりに視野が狭く単純になってしまうことであると思いました。
      僕も今回色々と思いましたが、表面だけを見て批判する人が多い気がします。僕も真実を知っている訳では無いですが、ネットやメディアの情報を鵜呑みにして、思い込む人が多い気がします。

      >デザイナーさんは完成度の高い好きなものを作って社会を引っ張ってほしい。
      そうですね。本当に作品の善し悪しだけで評価されるのが理想ですね。

      貴重なコメントありがとうございました。

      • そういう、世間に対しての上から目線な表現(他の肯定派の方々もよく用いていますね)が火に油を注いでいるんですが。
        今回の騒動、批判の過熱の仕方は「これで良い」とは全く思いませんが、「そりゃこうなるだろう」という自然な流れだと感じます。

  41. 色んな意見がありますな。さのDesignはエンブレムとしちゃ物足りない感じでしたね。パクったかはなんとも言えませんが事務所の種々のお粗末なパクリ具合は酷いですね。あとARTやDesignに限らずこういうコンペなんかも天才以外はだいたい人間関係で決まってるんだなというのが明るみに出たという意味では生贄としてよかったんじゃなかろうかって感じです。

    因果応報ですねw

  42. 後引きのようなコメントは恐れいります。
    デザインについてとは少し離れてしまうかもしれませんが、
    私の考えを書きます。
    このロゴ問題は、デザインうんぬんを議論する前に、人間のいじめの本質を見た気がしました。税金の無駄遣いは、この騒動を盛り上げた彼らによってされたといっても過言ではありません。
    なぜ、いじめと考えたかというと、自分で証拠をつかんだ訳でもなく、信ぴょう性があるのかどうかわからない記事に踊らせ、まるで正義の制裁風の誹謗中傷の書き込みが多かったことです。
    素性が見えないため、最終的には佐野さんの家族、出身大学の未来ある若い学生たちまで中傷を書き込みはじめ、自らのストレス発散のために、多くの人をキズつけたことに気づいていません。
    またロゴのデザインの議論についても、この誹謗中傷の嵐によってなにがよいかは、議論しづらくなりました。
    なぜなら人間の価値観はそういった周り状況に左右されやすいからです。
    服の流行も、今はダサい格好も、格好いいとされる時代が来るようにです。
    今回のオリピックロゴの癒着はなかったともう証明されたので、こんなに騒ぎさえしなければ佐野さんのロゴで決まり、一般公募などもせずに税金の無駄遣いにならなかったのではないでしょうか…?
    また、このような記事を子どもたちは触れて育つことになります。
    こういうことをしてもよいのだと思わせては、決してなりません。
    これがまかり通っては、あなたも、あなたのお子さんも、明日は我が身となってしまいますよ。
    罪は証拠もなく騒いだ人々にあります。
    冷静なデザインの視点をこの狂った人々が混じったなかで論じても、意味がないです…
    そして騒いだ人々は佐野さんや佐野さんの家族や出身大学に謝罪していただきたいですね。。。

    • >今回のオリピックロゴの癒着はなかったともう証明されたので

      え!?
      癒着があったことが証明されたんでは?

      不正を強要され結局不正をせずに告発した審査員の一人である平野敬子氏の発言から、電通の槙英俊が佐野のデザインを選ぶように審査員を誘導してた事が明らかになりましたね。
      そして、当初否定していた審査員長の永井一正も不正に加担したことを認めています。

      これらの事実から電通と佐野の癒着、不正があったことが明らかなのに「なかったと証明された」とはどういうことですかね

      • >不正を強要され結局不正をせずに告発した審査員の一人である平野敬子氏の発言から、電通の槙英俊が佐野のデザインを選ぶように審査員を誘導してた事が明らかになりましたね。
        そして、当初否定していた審査員長の永井一正も不正に加担したことを認めています。

        参考までに、こちらの根拠となる信頼のおけるURLか何かを提示していただくことは可能でしょうか?

  43. 五輪エンブレムに関する、現在の進捗状況を知りたくて検索したら、ここにヒットしました。何ですか?ここは。
    佐野氏自身の疑惑だの、責任問題などは何も解決していない状況で、既に『罪を憎んで人を憎まず』どころか『誰にも罪はなかった』みたいな論調で、まあ、それは心情や信条として述べるのは勝手だとしても、挙げ句の果てには『オリピックロゴの癒着はなかった(某ご意見より)』とか、一部のご意見を除き、寄ってくる佐野氏擁護のカキコは、某掲示板並みに言いたい放題ですね。 いわゆる「デザインの分からない一般国民」は放ったらかしですな(大笑)。
    こういう意識の人達が支えている業界ならば、そりゃあ、もう未来永劫、こうした問題は無くなりはしないし、癒着や疑惑の解消・解明も絶対ありえません。

    ちなみにエンブレム等に関し、私なんかは、五輪招致の際のシンボル等をそのまま使うってことぐらいに思ってましたね。佐野氏のロゴが発表されたときは「エエーッ。何で(こんなピンとこないモノに)わざわざ変更するの?」と正直、思いましたよ。

    あと、気になったのは、ロゴの疑惑と、事務所での盗作の事実とは分けて考えろ、だのとのたまう脳天気なご意見。
    報酬をもらう仕事について丸々盗作だとは、管理者としての責任はもちろん、代表者自身の仕事に対する姿勢の他、信頼や信用の失墜を招く事態となるのは当然のことでは?
    『そんな風に結びつけるな』と言う意見の方がコジツケで、それこそ鼻で笑われます。

    しかも、仕事をもらう時や、実際、広告に載る宣伝文句にも『佐野研二郎デザイン』を謳うのに、都合が悪くなったとたんに『事務所の助手デザイン』に変更だとは、おヘソが茶を沸かしますwww これがデザイン業界の「常識」というわけですね。

    え?そんなの「デザインの分からない一般国民」の意見に過ぎないって? それを「一般常識」「まとも」「正当」だとは思わないわけですね?
    ならば、私のコメントはここでおしまい。 駄文、失礼しました。

    • まさに「デザイン業界の常識は世間の非常識」ですね(笑)

      佐野を擁護してる自称デザイナーに限って、「佐野さんがパクるはずがない」と言いつつ「一般論としてデザインというものは多かれ少なかれ他者の作品に影響を受ける、悪く言えばパクリということが起こり得る。しかし、それらをいちいちパクリとして糾弾していたら良いデザインは出来ない」とかいうんですよねw
      結局、日常的にパクってるくせにパクリは一切やらないとか弁明したり、どっちやねんとwww

      パクリを一切していないという論旨なら、多少のパクリは目をつぶれという擁護はおかしいでしょwどう考えても
      せめて、佐野の作品はぱっと見素人目にはパクリに見えるだろうが、プロから見て設計思想などを考慮すればパクリとは言えないとか言えばいいのに

      あと、褒めてんだか貶してんだか分からない擁護も酷いですね
      「佐野の作品は単純にカッコイイと思った、でもオリンピックにはあっていない」
      えーと『オリンピックのエンブレム』なんですよ?w
      擁護派デザイナー曰く、「デザイナーはクライアントの求めるものを提示しなければならない」はずなのに、オリンピックにあっていないのなら全く問題外でしょ

      ハッキリ言いますが私は佐野のエンブレムは単純な形的にはそれほど悪いものじゃ無いと思います。(リエージュ劇場のデザインに似てるからという意味)
      しかし、それほど優れたデザインとか完成度が高いとは全く思いませんね。

      一方で、パクられたとされる側のベルギーリエージュ劇場のロゴは非常に優れた完成度の高い良いデザインだと思います。
      このデザインを見て感じるのは「凛とした美しさ」です。
      引き締まった黒、同心円による安定感、シンメトリー?的な美しさ、白と黒のシンプルな配色、TとLという2つの頭文字を合わせたタイポグラフィで伝えたい事が素直に伝わる
      そして何より格式高い劇場に見事にマッチしているということが最も重要ですね。

      逆に、佐野のデザインは色合いが非常に悪い、まず黒も金も銀も赤も無いですよね?
      あるのは、濃い灰色(黒)、黄土色(金)、灰色(銀)、朱色(赤)です。これがもっと鮮やかな色合いなら多少は評価も変わったかもしれない。第一印象は締りがなく纏まりがないデザインということ。しかし白黒印刷とかなら多分それほど悪くはない。
      次に、Tをデザインしたはずなのにどう見てもTとLに見える。このTとLを合わせたデザインというのは検索すると似たようなのが沢山あるけど、それぞれに共通しているのは「TとLの融合」であって「T単体ではない」ということ。
      しかし佐野の作品だけがTをデザインしたはずなのに何故か右上にあるべきものが右下にある不思議、これは佐野本人が一番分かっていることで当初の案では正しくTの字であり右下にあった変なものがキチンと右上についていたからですね。
      それを無理な変更を要求され上下を逆にしてしまったから、もうこれはTではなくなったわけで、これでは誰にも伝わるわけがないし、デザイン思想を根底から覆す最もやってはいけないパターン。
      また、亀倉雄策の日の丸?を意識したという丸みも全く見えてこないし美しくないが、リエージュ劇場の方は外側の丸があることで内側に見えない丸が見えるデザインの面白さがある。
      そして何より亀倉雄策云々の話しは修正後のデザインにのみ言えることで、明らかに後付の言い訳なんですよね。
      そして決定的なのはオリンピックには相応しくないということ。
      これがもし某美術館図書館のデザインだったら悪く無いと思うんですよね。まあ色合いは悪いけどw
      でもオリンピックのデザインとしては最低、葬式エンブレムなんて揶揄されるくらい皆が鯨幕を連想する最悪なデザイン
      パラリンピックが「=」とかいうけど、どう見ても「||」だし。縦2本の棒を見てイコールを連想する人は世界広しといえど恐らく一人もいないでしょう

      あと最後に肝心のパクリ問題ですが、トートバッグは部下がパクったけど、エンブレムでは一切パクリはしていないという舌の根も乾かぬうちにエンブレム展開画像で思いっきり写真のパクリが発覚しましたね。ついうっかりとか、内部向けだからとか、後で連絡しようと思ったとか、こういう事は業界の慣習として許されるとか酷い言い訳連発してましたね。(Copyright表記をワザワザ削りとった人間の言うセリフかと…)
      つまり佐野本人もパクリが常態化してる事を認めていたわけで、トートバッグに限らず、多摩美大の「自身の作品」からも写真パクリが多数発覚してます。写真パクリなんだから似てるとか似てないとかの次元ではないんですよ、本人が否定しようがピクセル単位で完全に一致してしまうんだから明らかにパクリなんです。
      佐野は過去の作品からパクリの常習犯であり、エンブレム展開画像でもパクリをやらかしてるときたら、エンブレム自体でもぱくりをやらかしてないと何故言えるでしょう?
      それこそ世間の常識に照らせば「推して知るべし」となるんですよね

  44. 今回のロゴデザイン。盗作云々や優劣はさておき、結局、誰からも愛されなかったから消えた、と考えるべきかと。
    一般人のデザイン評価能力を上から目線で全否定する業界人でも、まさかヒトの感情(好きとか嫌い)について否定したり評価を下したりはできないはず。
    思えば、別件で、事務所ぐるみでのデザイン盗作が明らかになった時点で、このロゴは、完全に誰からも愛されなくなったわけです。(*一部の実行委員や業界人、タレントを除きます)
    「それはマスコミがあることないことを並べ立てて煽ったから」だ、と言う人達は、よーく考えて欲しい。
    仕事を請け負ったり、広告に掲示されるときは”佐野研二郎氏デザイン”なのに、盗用が指摘されたとたん”無名アシスタントのデザインでした”なんて逃げ口上をきる、氏の姿勢や業界の姿勢が、社会一般から受け入れられず、非難されるのはおかしいことしょうか? (*既に同趣旨のご意見があります)

    大多数の人は、その後の、佐野氏の人格否定&ゴシップ記事など、別に追ってはいません。上述の経緯が決定打となって、佐野氏やロゴのみならずデザイン業界そのものに愛想をつかした人がぐんと増えた、ということだと考えます。

    ここのスレ主も、同じデザイナーならば、まずは佐野氏又は氏の事務所によって引き起こされた、デザイン業界全体の信用失墜を憂慮するのが先でしょうに…結局は、業界全体が、そんな風に染まっているということでしょう。実に情けないことです。

  45. 2015年7月24日 日本は全世界に向け公式エンブレムを発表し発信した。
    開催国:日本がエンブレムデザインを用意し弁護士・弁理士によって法的根拠問題がないことを確認し国際オリンピック組織員会が公式エンブレムとして承認され世界に発表することを許されたデザイン。
    9月に公式エンブレムを取り消す判断が下されたが、国際オリンピック組織員会が公式承認したデザインを取り消したことになる。
    デザイナーを非難するのであれば、デザインの法的根拠を確認した日本の弁護士・弁理士、公式承認を与えた国際オリンピック組織委員会も等しく非難される立場にある。当方は怖くて到底避難できない。
    確かに「リエージュ劇場のロゴ」に似ていることを指摘されたがその指摘は「似ている。」指摘であり「権利侵害の問題あり。」とは指摘していない。
    デザイナーであるならデザイン構築に使われる基本図形が等しく共に同心上にあるのであれば似るという現象は必然であり当然を判断させる。似るという現象を問題にする根拠に当たらない。
    また、「リエージュ劇場のロゴ」には正当な商標権としての権利確立がないのであれば権利侵害を訴える立場にない。著作侵害もまた訴える根拠が成立せず問題とはならないだろう。
    正当な商標権の確立がないのであれば法的根拠を確認した日本の弁護士・弁理士には「リエージュ劇場のロゴ」の存在を発見できず知りえない。問題を招くデザインとして留意できない。
    国際オリンピック組織員会が公式承認したデザインは、問題がないことを根拠に公式承認いただいたデザインにゆるぎなく問題そのものが実は存在していない。
    佐野氏が辞退したのはコンペでの賞金100万であり「公式エンブレム」を辞退する立場にない。デザイナーには公式エンブレムを辞退する権利資格は初めからない。
    「公式エンブレム」を辞退したのはデザイン権利帰属する日本オリンピック委員会である。
    「似ている。」とする指摘は問題を指摘しているのではなく似ている「現象・結果」を指摘しているが日本人が勝手に勘違いした騒ぎにるほどの問題を指摘するものではなかった。
    オリンピック開催国は日本。たとえ似たデザインがヨーロッパに存在しても地理的距離が遠く問題を招く可能性は限りなく小さい。
    全世界に発信したエンブレムは人口72億の全人類に届けられたデザインであり72億の方々が手にした「世界のデザイン」を開催国1億3千万の国民の判断によって取り下げられた。
    70億の日本以外世界の方々は日本国民によって7月24日に届けられ手にしたデザインを1ヶ月で奪われた。
    ニューヨークタイムズでは「公式エンブレムを取り下げたのは誤った判断。」とする記事が掲載されていると報告するTV番組があった。
    デザインを話題にするコメントも良いが国際理解を基軸にする国際オリンピック委員会が与えた公式承認を蔑ろにした事実の方が国際問題として国益を損なう日本の立場こそ重篤な事態。
    「似ている。」とする指摘に日本国民の多くが判断を誤ったと言える。まるで罪のない被告に有罪判決を下す冤罪裁判のようだ。デザイナーはパクってはいないだろう。似たデザインが存在することを知らないのだからパクれない。日本人の冷静な判断を求めたい。
    国際オリンピック委員会が国立競技場の決定に手間取り、エンブレムのデザインをやり直し、世界の方々を受け入れる準備も整ってなくこの現状に対しどのような視線を日本側へ送っているだろう。
    日本の国民からは愛されなかったデザインなのかもしれないが、全世界(日本以外)70億の方々からはIOCより公式承認されたデザインとして愛されているかもしれない。既に全世界に公式エンブレムとして発信されている。
    ロンドン大会では数億円のデザイン料。日本では賞金100万のデザイン料。ロンドン大会における億単位でのデザイン料はその多くが商標権に及ぶ権利侵害の問題を確認するための経費と思われる。ロンドン大会でのデザイナーが手にする実質のデザイン料は億には及ばないだろう。

  46. 東京ADC賞が問題の賞ですね。電通、博報堂、ETC・・などの社員など、取っていらっしゃいますね、この賞の年鑑をみますと、そこに名前スタッフが発表され、凄い方々なんですね、一般のクリエイターではとてもじゃないけど名前など出ません、日本最高の広告賞!・・・・・というのは、じつは嘘。この賞ほど審査委員の勝手な独断場でコネや勝手な一流クリエイターもどきを製造しているインチキ集団です。日本ではもう、一流のデザイナーなど存在しないのです。そもそも日本人は現代においてデザインセンスは国際的にもカス、そんな所で沢山賞をもらっている今回の佐野と同じく、たくさんへぼデザイナーがわんさかいるのが日本の現現状です。なさけないですね日本人は自分も入れて皆で切腹しなくては、もうどうしようもない国になりましね・・・以上

  47. 第2次エンブレム実行委員会による新エンブレムが発表される。―――もはや世間では前回エンブレム問題はどうでもよいのだろう。
    第2次エンブレムコンペで4点のデザインが国民審査に掛けられると聞く。えぇっ?たった4点??1万点を越えた応募に対し4点??当初100点近いデザインを国民投票に掛けると言っていなかったか。基本無理と判断したが記憶間違いのようだ。
    個人的には10点程度と想定していた。やはり4点。事情を鑑み100点は絶対に無理なこと。
    選考の透明性が問題となったが4/10000の方が前回以上に疑わしい。膨大な数の中から4点選んだのか。膨大な数のデザインをゴミくずの様に捨てた作業なのか。どちらにしても前回同様勝手に決める手順に変わりない。最終決定に国民意思を反映させる心算だろうが4点では選ぶより選ばされることに等しくあまり意味がない。
    前回も今回も公表されるまで何一つ問題はない。公表され「似ている。」と指摘されたと記憶する。騒動が再燃するのはまさしくこれからである。
    ア> デザインした方が小学生・中学生を理由に「子供を非難するのは可哀想。」国民から非難浴びる事のない演出をするのか。
    イ> デザイナーが芸大出身者を理由に「天才肌のデザインは凡人には分からない。」と初手より防御線を張り国民からの非難を回避するか。
    ウ> 強固に国民からの評価を一切受け付けないか。如何なる評価も実行委員会の都合匙加減でどうにでもできる。コンペは主催者側の都合を優先する基本「出来レース。」であり多くを期待する方が虚しい。
    エ> ステマ手法で「前回デザインより優秀なデザイン。」と評判を繕いマスコミを巻き込み国民を欺き誘導先導納得させるか。作為的に国民の理解を整合させるか。
    何であれ「似ている。」と不都合を指摘され最終責任をデザイナーに都合良く擦り付ける真似だけは遠慮して欲しい。言いがかりによる決めつけと擦り付けを事実にするイジメに等しい。身に覚えのない万引きを理由に志望校への推薦を与えない学校と同じではないか。前回簡単に公式エンブレムを取り下げた訳だ。
    国民から非難受けないために国民好感度の高い著名な名選手を審査員に登用した事情は理解するがどんなデザインであれ前回のデザインと比較される。
    第2次エンブレム実行委員会の方々に強く要請したい。――デザイナーを命懸けで守れ!――実行委員会に求められるのはデザインを選ぶ能力以上にデザイン決定を受けるデザイナーを守る能力に関心がある。
    前回デザインで著作権侵害を理由に訴訟に及ぶヨーロッパ某国のデザイナーは訴えを取り下げたと聞く。TVワイドショーのネタが一つ減った。訴えを取り下げ混乱が決着したわけではない。何も決着していない。――今度は日本側から訴え返す正当性が生まれる。これが国際ルールであるが日本は「事なかれ主義」の弱腰で強気な姿勢は到底期待できない。
    エンブレムの騒動を国際オリンピック組織委員会は冷静冷徹に静観しているだろう。そして全世界の方々もTVワイドショーのネタ程度に関心を見せるだろう。
    デザイナーは真剣にデザインしている。他方からいい加減な指摘に思慮なく根拠無く真に受け鵜呑みにしては罵詈雑言に及ぶ非難をデザイナーに浴びせた事実は「国際見識を持ち合せない国民」を証明させた。真摯にデザインと向き合うデザイナーが非難される謂れが見つけられない立場として―――2020年オリンピック開催国:日本国民による冷静な判断。―――を強く求めたい。

  48. YASUKING

    盗作論文がばれれば「職」を失います。「別問題」とふつーに思っている「業界人」達に判断を任すべきではない「案件」なのですよ、五輪エンブレムは。それだけのことです。

  49. デザインのデの字も学んだことのない素人ですが
    正直、最終選考に残った4つのデザインよりは
    佐野氏のデザインの方が全然良かったなと思います

    意見するのもおこがましいくらいのド素人なんですが
    あの騒動の時から盗作云々は別にして「シャレたデザインじゃのう」
    と佐野氏のデザインを見て思っていました
    それこそどこがどう良いのかとか知識も何もないので
    うまく説明できませんので感情的な意見でしかないのですが、、

    いまの4つのデザインは
    なんというか面白みも何もないと言うか個人的に
    どれも好きになれません。朝のスッキリの番組で
    視聴者投票していましたがどのデザインも嫌いなので
    投票することができませんでした

    候補の中に「やっぱり佐野氏のデザイン」とか
    入れて粋な計らいしてくれれば良かったのにとか思いました

    • ぷーちんさん、コメントありがとうございます。

      僕も新しいロゴはさらっとしか見ていないですが、今まで通りのオリンピックらしいロゴだなといった印象です。

      個人的には佐野さんのロゴのような、オリンピックらしくない、新しい発想のロゴを日本代表として発信するのも面白い試みだったなと思うので残念です。

      候補の中に佐野さんのロゴ入っていたら、確かに粋でしたね(笑)

  50. 必死に努力した人の成果や幸せなどを、面白半分に(ちょっとした視聴率)その人から奪う権利はマスコミ、または誰にもないと思います。

    また佐野さんは、以前の東京オリンピックのエンブレムを見て、それが佐野さんの目標になったと言ってました。

    佐野さんのエンブレムが無効になった今、何十年後かに、佐野さんのエンブレムを見ることのない少年、少女がその目標を見つける機会がなくなることがあれば、それは、日本にとっても大きな損失だと思います。

    • ソンクランさん、コメントありがとうございます。

      本当にそうですね。

      真実はともかく、きちんと事実を調べもしないでとやかく言う問題ではないですよね。

  51. はじめまして。
    ぶしつけな質問で恐縮なのですが、Yoshinari.Tさんが「佐野さんのエンブレムをアルファベットや数字に展開した図の一覧、最下段右半分を占める4つか5つのマークはそれぞれ何と読むのか」おわかりでしたら、教えていただけませんか?

    今さらな上に、低レベルかつ、デザインそのものや経緯の良し悪しとまったく関係ない話で申し訳ありませんが、実は当初から今に至るまで、エンブレムをアルファベットなどへ展開した一覧の図がうまく読めません。デザインとは縁もゆかりもない人間だからでしょうか……。
    「アルファベットや数字に展開する」という情報を念頭に置き、順番に並んでいると意識すれば、時間はかかるけれど読めます。
    ですがそれは元々なんのマークか一目で理解しているわけではないので、数字のゼロ(ですよね? 正直、自信がありません……)まで終わると、その先に何が書かれているのか推測できず、読むことができません。いまだに何が書いてあるかわからずモヤモヤしています。
    乏しい語彙ながら検索して解説を探したのですが、私のように読み取ることができなかった人間はよほど少数派なのか、見つけられませんでした。
    教えて頂けたら嬉しいです。
    すでに解説がネット上にありましたら恥ずかしい限りです。

    こんなありさまなので、個人的に佐野さんのデザインの良し悪しについては「まったくわからない」としか言いようがなく、パラリンピックエンブレムのモチーフであるイコールがなぜ90°回転しているように見えるのかさえわからず、唯一の感想は「下に読みやすい字で内容を補足してほしいな」という残念なものでした。
    批判も中傷も擁護も解説もすべてピンと来ないため、まるでファンタジーの世界のできごとです。真剣に考えている方々に申し訳ないです……。

    • むにょすさん、こんにちは。

      貴重なご意見ありがとうございます。

      アルファベットの件、僕も詳しくは確認していませんでした。

      近々、確認して記事にしたいと思います。

      また、ご連絡しますね。

  52. こんにちは。新しいエンブレムが決まり、ネットの情報を閲覧する中で、こちらにたどり着きました。
    ご自身の仕事もあり、熱意が伝わりました。
    前回のデザインは私も、オリンピックにしてはオシャレでいいなと思いました。
    デザインはオシャレで玄人好みのものですね。どこかの企業やブランドのロゴマークみたいです。
    そういう意味で改めて考えると、『オリンピック』のロゴの難しいところですね。
    デザインは、過ぎると批判が生まれます。前回の思い切ったデザインや色使いは個人的には好きですが、個性が強いと感じます。強い個性は強い共感と拒絶を生みます。『オリンピック』向きではなかったのでしょう。
    万人に受けるデザインは親しみ安さと、ちょいダサ感かなと感じます笑。なので万人受けのデザインはあまり好きではありません笑

    • ゆりさん、こんにちは。
      コメントありがとうございます!
      そうですね。
      前回のエンブレムは、一見地味に見えますが、ものすごい個性と斬新さがあったように思います。
      確かにオリンピックのロゴという観点でいえば、わかりやすいものの方が合っているのかもしれません。
      それを覆すような前回のロゴも個人的には捨てがたかったのですが…

  53. このように簡潔な図柄を、何をもって「似すぎている=パクリ」と言うのだろうか?
    簡潔なものほど、似ているものは沢山出てくるのは当然ではないだろうか?
    今回決定したエンブレムの一方も自分としてはどこかで見たことがあるような図柄と思えた。
    すなわち弘前城の城主・津軽藩の家紋が浮かんできた。
    このエンブレムをパクリ当云々する気も資格もないが、この家紋の花柄をを市松模様に変えたら
    そっくりとに見えるませんか?

  54. 突然の質問で

    Yoshinari.T様

    今回決定されてたのエンブレムをデザイナーの観点から見てご意見などを伺えれば幸いです。

  55. エンブレムのデザインが決定を受け喜ばしい限りではありますが大丈夫でしょうか。
    老婆心であればよいのですが、公式承認を与えるIOC:国際オリンピック組織委員会の承認は得ているのでしょうか。
    別室で審査員が投票し集計し過半数以上の票を得て決定したと報告するが短い時間でIOCより承認は得ているのですか。集計を終え発表報告まで(漏洩していた。)数時間のようだったがその短い時間で承認を得ることができますか。IOC本部<スイス>の現地時間は何時でしょう。仕事をしていますか。公式承認判断が可能ですか。
    前回も最終デザイン決定4月。発表7月。デザインの公開、公式発表まで3ヶ月間ありましたが大丈夫でしょうか。
    IOCより公式承認を待たず決定公開したデザインが公式承認されない可能性はないでしょうね。

  56. クリエイティブ系の仕事をしている者です!

    昨日の深夜、TBSでこのエンブレム問題の影響で
    萎縮してしまっている若手デザイナー達の叫びを取り上げた番組を見て
    色々思い出し、ネット検索していると主様の投稿にたどり着きました。

    主様のご意見に共感します!

    私はしがない映像クリエイターです。
    仕事でデザインを描いたりすることは数少ないですが
    仕事でなくても絵を描くことが好きなので、
    キャラクターデザイン・建物のデザイン等よく描きます。

    その立場からいうと
    どうやってもがんばっても何も参考にしなくても
    この世に唯一無二のデザインを出すことは、
    もう神業としか言いようがありません!

    何を描いても何かに似てるんですよ、本当に。
    何にも似てないデザインなんて・・・
    想像力がないんじゃないの?って人には
    言われるかもしれません。でも、パクる気なんて、無いにきまってますよね
    クリエイティブで生きる者としてプライドが許さないですよ。

    私のような、しがない者ですらそうなんですから。
    ましてや佐野さんのような権威あるデザイナーが
    そんなつまらないことしませんよ。絶対です。もう、これは
    デザインする者としてはそうとしか思えない。
    しかもあんなシンプルな形・・
    何かに似ないほうが無理がありますってば・・・本当に・・・

    また、もうひとつ。別の視点から。
    番組に出ていた若手デザイナーが言ってたのは、
    クライアントから仕事を発注されるとき、
    「この作品みたいな感じでお願いします」
    って資料を渡されたりして、元々ある既存のテイスト風に仕上げることが仕事、
    という場面がよくある。だけど、自分のオリジナリティを出したい。
    そこのせめぎ合いがすごい。という話。
    結局自分の個性は抑えるしかなくなる事ってよくあるんです。
    これ、すごいわかる。
    こっちはクライアントの要望に応えるのが仕事なんで、そうするしかなくなる。

    所が、そのやりとりを知らない第三者が、
    「あれ、このデザイン、○○のパクりじゃん」
    って言っちゃうとする。
    その責任を問われるのはクライアントではなくデザイナーなんです。

    映像の業界でも、クライアントから
    「ジブリみたいなテイストで」
    とか、
    「ピクサーのこの作品のテイストでお願いします」
    とか、もうアルアルなんですよね。
    クリエイターも頑固なんで、既存のテイストにするのは面白くない。
    なんで、個性を出そうとする。
    でも、クライアントからはやっぱり
    「これよりも、やっぱり、この感じで」
    と既存のテイストを要求される・・・

    エンブレム、新デザインで決着したようですよね。
    佐野さんのデザインも含めてどれも本当に素晴らしいデザインですよ、
    本当に日本の誇りなんですから
    こんな辛い風潮で貴重な才能をつぶしてほしくない。

    もっと、何らかの形・・デザイナーを守る機関とか法とか。
    私たちデザインに関係するものの発言力・
    権利がもう少しあっても良いのではないのかなあ・・と
    思う今日この頃です。

    • じゅんこさん、コメントありがとうございます。

      僕もじゅんこさんのご意見に概ね賛成です。
      今回の記事を書いて、デザイナーという職業と、一般の人たちとの見方がこうまで違うものかとあらためて感じた次第です。

      >クライアントから仕事を発注されるとき、
      「この作品みたいな感じでお願いします」
      って資料を渡されたりして、元々ある既存のテイスト風に仕上げることが仕事、
      という場面がよくある。だけど、自分のオリジナリティを出したい。
      そこのせめぎ合いがすごい。という話。
      結局自分の個性は抑えるしかなくなる事ってよくあるんです。
      これ、すごいわかる。
      こっちはクライアントの要望に応えるのが仕事なんで、そうするしかなくなる。

      こちらも、まさにそういうことですよね。
      僕らは商業デザイナーなので、基本的にはクライアントの要望ありきです。
      クライアントの要望を取り入れたうえで、いかに自分の個性を出すか。
      芸術家と商業デザイナーは違うということを、世間一般の方は案外分かっていなかったりします。
      佐野さんのデザインも、僕からすると『オリンピック委員会が出してきた募集要項をとても満たしていた』という感想です。
      商業デザイナーとしては、とても優秀な方だなと思っています。

      >もっと、何らかの形・・デザイナーを守る機関とか法とか。
      私たちデザインに関係するものの発言力・
      権利がもう少しあっても良いのではないのかなあ・・と
      思う今日この頃です。

      今回のことが機会になって、少しづつでもデザイナー・デザインというものの
      見方が変われば、変わっていけば良いですね。
      そのためにもお互い頑張りましょう!

  57. 初めまして。私はデザイナーと名乗れるほどではありませんが、
    チラシやカタログ、学校の広報誌などのデザイン&組版をやっております。

    佐野氏のオリンピックロゴについては、パクリだとは思っておりません。
    単純な図形の組み合わせから描けるアルファベットのデザインですし、
    運悪く、似てしまったものだと思います。
    形だけなら、書体で既にこのタイプの字が存在していますし、似たものは他にもきっとあると思います。
    ただ、類似のロゴを既に作成しておられたデザイナー自ら指摘されては、
    変更はするしかないと思いました。
    その後に発覚したトレース問題は、管理不足だと思いましたが。

    それにしても、周りの批判が酷かったですね。
    これも似てるあれも似てると指摘され、中には佐野氏の方が先に作成しているものまでピックアップされて晒されているものもありました。
    みな叩くのに必死で、時系列など調べる人も少ないですから、
    アップされると鵜呑みにする人も多いのですよね。

    あと色んな分野でもそうですが、作家って、
    先人の作家に影響されてなる人がほとんどですよね。だから作風が●●と似てるというのはよくありますし、
    「この人しか作れないもの」を編み出すのは現代では特に困難な事だと思います。
    起源主張してるわけではないのだから、誰かに影響されて似てるのは悪い事だと思いませんし、
    そこから独自性を出せれば立派だと思います。

    今回の騒ぎで、デザインされたものが逐一粗探しされる行為がしばらく続きそうですね。
    私もお客さんから「こんな感じでお願いします」と、
    誰かの作品を見本として渡される事がよくあります。
    そういう場合は、雰囲気は似せつつ同じものに見えないように気を付けて作成しております…

    あなたのおっしゃるとおり、お客さんの要望に応えるのが仕事ですので、
    常に自由にデザインできるわけではありませんよね。
    要望に応えながら、独自性を出そうとみな努力をしてると思います。
    安易にパクレばいいやなんて考えてる人、普通はいないですよ。
    佐野氏みたいに著名なら余計気を遣ってるはず
    しかし、世界中のすべてのロゴを調べるなんて不可能です。ましてアルファベットのデザインなんて途方もないレベルで存在します。
    本当に運が悪かったのだと思います。
    佐野氏はかなり傷ついていますが、またお仕事を頑張ってほしいと思います。

    長文失礼いたしました。

    • チャーコさん、コメントありがとうございます。

      そうなんですよね。ロゴのようなシンプルなもので、世に存在しないもの(ネット上にアップされていないもの)を作るなんて、現代ではなかなか難しい。
      そして、グラフィックデザイナーはアーティストではないので、あくまでも発注側の要望がある。
      独自性ももちろん大事ですが、その前にクライアントからの要望がありますからね。
      佐野さんは確かに管理不足なところもあったのですが、エンブレムの件でいうと運が悪かったところもいなめません。

      また、ブログのぞきにきてください。

  58. コメント前半はそれぞれのコメントには返しているのに後半は批判的なコメントには返していない。
    そういう体質なんでしょうか、Yoshinariという方もデザイン業界も。
    そうやってご自分が擁護されているものを批判されても受け入れないことこそが今のデザイン業界の抱えている問題だというのに、残念です。

    因みに私はデザイン業界とは全く無縁の福祉で働くものです。

    この問題は上でも挙げた通り「体質」の問題だと思います。
    プロの方は「デザインが良い」と見えても、それは素人には解らないのであれば何の意味もない。
    ましてやオリンピックという舞台を考えれば尚更。
    私自身もパッと見ても到底オリンピックを連想させるものではなかった。
    パクリ云々は後で知ったのでそうなんだーという程度です。
    「プロが見て良いと言ってるんだから良い」という第三者視点を無視した事こそが今回の問題の根本だと思います。

    • こんにちは。コメントありがとうございます。

      前半でコメントに返信していたは、このブログを書き始めて初めてコメントが入った時期だったので、返信しなくてはいけないものなんだと思い仕事が終わったあと夜中に一生懸命返信していました(笑)
      ただ、あまりにも多くのコメントが入り過ぎたので、途中からは自分が気になったものにだけ返信を返していました。
      僕も本業をしながらブログを運営しているので、全てのコメントに返信をするには時間が足りなすぎました。
      今はもう落ち着いているので、返信も大丈夫です。

      そして、「プロが見て良いと言ってるんだから良い」とは、一言も言っていないつもりです。あくまでも佐野さんのロゴは僕の主観ですが、パクリではないんじゃないかと言いたいだけです。
      そして、プロの僕からすると良いロゴだと思います。そこは揺るぎません。
      ただ、それが世間一般に受け入れられないのであれば、それは仕方のないことだと思います。
      ただ、それはあくまでも佐野さんのせいではなく、それを選んだ側、体制側の問題です。

      >「プロが見て良いと言ってるんだから良い」という第三者視点を無視した事こそが今回の問題の根本だと思います。

      そもそも佐野さんのロゴが決定したプロセスに第三者視点(一般の意見)は入っていません。
      なので、そもそも無視以前の話です。
      過去のオリンピックと同じやり方でロゴを決めたけど、今回の件で一般の意見を取り入れるべきだということになり、次回は第三者視点を取り入れた方が良いということになって、結果新しいロゴになったんですよね。確か。
      なので、問題の根本は違うところにある気がしますが…

  59. >>デザイナーの僕が感じる、五輪エンブレム盗用疑惑について<<   Yoshinari.Tさんはその結論を示されている。
    今回の問題はクリエーターの立場での解決は極めて困難と考えていた。どうしたって、慣れ親しんだ実戦での経験値・専門分野に説明偏ってしまうもの。たとえば技術論・方法論のように。
    マネージメントの分野で経験と見識を持ち合わせる方が客観的に冷静な役割を担え良識ある解決が望めるだろう。
    「デザイン」に関わる立場での説明は何を言っても一般国民は(理解困難なデザインの世界)垣根を無意識に連想させ聞く耳持てず聞いてもピンとこないようだ。
    佐野デザイナーのデザインは順当に登録商標に移行すると聞く。つまり問題はなかった。
    ちなみに疑義を抱かれたSTAP細胞論文。ドイツではSTAP現象を確認している。米国では特許出願に及ぶ審査請求に移行している。マスコミは全く話題にしないが「STAP細胞はあった。」と判断される情報が昨年よりネットに出ている。
    社会はいい加減なものです。論文著者研究員にあれほど非難を浴びせ博士号を剥奪してまで優越感に自己満足していたが非難覆す新たな情報にどのように反応すればよいかわからない。振り上げた拳をどのように下せば良いのかわからない。笹井教授の命を奪った事実を今更謝罪だけでは不十分だろう。―――社会にはそもそも冷静な判断が期待されない。EU離脱を後悔する国民投票。改憲許す野党の惨敗。…。

    「盗用疑惑」はデザインに関わらずクリエーターの立場であるなら率直な判断を導くだろう。
    似せて真似て盗んだデザインであるならあまりにも稚拙な類似。呆れるくらい幼稚現象。仮にもデザイナーであるなら考えられないレベルの類似。――社会は幼稚な現象に反応した。「デザイン界はこんな幼稚な真似を平然とするのか!」と言っているかのようだ。
    至極当然な可能性が判断される類似現象を無責任に騒ぐ見識者はいない。騒ぐのは売名行為を考える似非見識者ばかりではないだろうか。疑義を抱かれたSTAP細胞論文「コピペがいけない。」あまりにも低レベルでしかない理由付けに呆れていた。見識持ち合せるだろう某大学教授が言っているから尚滑稽だ。
    まるで取り締まる側の立場にある方が法に触れる過ちで犯罪者に陥る事態。あるいは、裁判で判決下す立場の方が自ら死刑判決を受ける事件を犯す事態に等しい。--と考えれば「ありえない」と言えるほど滑稽であるかを理解誘えるだろうか。本物ではなく、似非であればありえない事もありえる事態となる。
    「不適切ではあるが違法ではない。」似非デザイナーでない限り本物のデザイナーが「盗用疑惑」を掛けられる事態はほぼほぼ考えられない。<政務調査費の明らかな私的流用は横領であり違法である。決済処理が「不適切であっても違法ではない。」と判断している。>
    盗用の可能性を考えれば考え難いことであっても「ありえない。」とは誰も言えない。しかし考えにくい。ゆえに盗用疑惑で騒ぐのは勝手だがデザインに関わるクリエーターの立場では自明の理で「盗用疑惑」とは言えない結論を無理なく導く。<顧客クライアントと本物のデザイナーが交え合意・決定するデザインに「盗用」はほぼない。「盗用」を許さない。似非デザイナーでの合意・決定のデザインに「盗用」はありえる。>
    実体験での話。>企業内デザイナーの自分は顧客先とPB商品に関わる商談を終えた営業本部長から同業他社製品の「模倣」を業務命令で受け抵抗した経験がある。「模倣」を受諾するのではメーカー取締役であってもだらしない。
    また、ブローカー行為のデザイン事務所もあるものだ。デザインに見識無い管理職は簡単に騙され雑誌掲載イラストを無断転用したデザインを提案され商品化した後に無断転用が発覚している。

    淡水魚は海水では生きられない。河口入江で海水に慣れ必要なポテンシャルを備えなければならない。世界を相手に大海を泳ぎ渡る海水魚のポテンシャルを井の中の淡水魚には想像も判断もつかない。プロの立場を侮るのは勝手だがプロの自意識を侮れる素人はいないはず。プロを相手に正論を吐くのであれば必要なポテンシャルを備えていないと話は噛み合わない。

    Yoshinari.TさんはTOP項目で必要な予備知識を示しておられる。是非熟読されご理解賜りそれでも疑問を抱かれるのであれば真摯にお答え頂ける方のようにお見受けします。
    遠慮せずドンドンお聞きになるべきでしょう。
    スポンサー企業は野老氏のデザインをまだ使っていない数社がある。----何故でしょう。使えない理由があるのだろうか。否エンブレムのデザインはどうでもいいのだろう。---<それでもスポンサーか!>(笑)

    • 案山子さん、こんにちは。

      以前もコメント頂いていましたね。ありがとうございます!
      案山子さんのコメントは、論理的な説明でいつも感心していました。

      なかでも以前のコメントですが、僕も共感したので抜粋・転載お許しください。

      今後ともよろしくお願いします。

      以下、案山子さんの以前のコメントから
      >全世界に発信したエンブレムは人口72億の全人類に届けられたデザインであり72億の方々が手にした「世界のデザイン」を開催国1億3千万の国民の判断によって取り下げられた。
      70億の日本以外世界の方々は日本国民によって7月24日に届けられ手にしたデザインを1ヶ月で奪われた。
      ニューヨークタイムズでは「公式エンブレムを取り下げたのは誤った判断。」とする記事が掲載されていると報告するTV番組があった。
      デザインを話題にするコメントも良いが国際理解を基軸にする国際オリンピック委員会が与えた公式承認を蔑ろにした事実の方が国際問題として国益を損なう日本の立場こそ重篤な事態。
      「似ている。」とする指摘に日本国民の多くが判断を誤ったと言える。まるで罪のない被告に有罪判決を下す冤罪裁判のようだ。
      デザイナーはパクってはいないだろう。似たデザインが存在することを知らないのだからパクれない。
      日本人の冷静な判断を求めたい。
      国際オリンピック委員会が国立競技場の決定に手間取り、エンブレムのデザインをやり直し、世界の方々を受け入れる準備も整ってなくこの現状に対しどのような視線を日本側へ送っているだろう。
      日本の国民からは愛されなかったデザインなのかもしれないが、全世界(日本以外)70億の方々からはIOCより公式承認されたデザインとして愛されているかもしれない。
      既に全世界に公式エンブレムとして発信されている。

  60. 夏休みの夜更かし

    リオ五輪の最中、東京はどうなるのか
    色々と情報を見ていたら、
    こちらのページにたどり着きました。

    騒がれた当時からもう1年ですね。
    主様が感じられて書かれた時からしても、
    大分時間が経っていますし、
    佐野氏やその近辺のことについても
    粗方情報は出尽くしたかと思います。

    その上でこちらを読ませて頂き、
    私が「感じ」たことを書いてみようと思います。

    佐野氏が盗用したかどうかは分かりませんし、
    答えも出ないでしょうから、
    論じるのは無駄なことです。

    ただし、その後に出た
    「サントリーのトートバッグ」の件。

    一般の人は、どうやっても
    胡散臭いと「感じ」たのではないでしょうか。

    また、その後に森本千絵さんが
    佐野氏のことを弁護されたのがきっかけで、
    森本さんご自身のお仕事にも
    「デザインの盗用」と言われても
    仕方ないものがある事実が出てきました。

    ここに至って、
    「デザイナーは何をやっているんだ」
    という論も出ましたし、
    それも一般人の感覚からしたら、
    当然なのではないかと思います。

    森本さん側が、そのご自身のお仕事に対しての
    質問に答えていらっしゃらないことも
    それに拍車をかけたのかも知れません。

    佐野氏のトートバッグは
    ご本人のお仕事ではないにせよ、
    やはり氏の元でデザインすることをお仕事に
    されている方がなさったことでしょう。

    デザインの世界のことは、
    私個人は門外漢ですし、
    世の中の大抵の人がそうだと思います。

    主様のご意見は「デザイナーとして」
    という観点からのものであり、
    そこに普通とは異なった着眼点が
    見いだせるものとして読ませて頂きました。

    ただ、今回のことは、
    少なくとも日本規模の問題ではあります。

    その日本に住む人は
    勿論「デザイナー」では無い人がほとんどです。

    その場合、どうしても一般の「考え」が
    優先されるべきなのではないでしょうか。

    日本は幸か不幸か、
    「封建制」や「専制君主制」の国ではなく、
    「民主制」だからです。

    デザイナーの方のお考えがあるのと同じく、
    一般の人の考えもあって、
    ただし、その考えや意見の方が
    圧倒的に多かったはずです。

    もしかしたら、そうした「数」さえも
    変えるくらいの力を、「デザイン」や
    「芸術」は持つものかも知れません。

    しかし、今回はその「デザイン」の世界で
    ある程度評価され、名の通っている人達が
    自らそうした力を削ぐ様なことを
    なさったのだと、私は思います。

    少なくとも、今後彼らのデザインしたものを
    色眼鏡無しで見ることは難しいはずです。
    主様個人や、他の専門分野の方の「お考え」、
    そして、私個人の「考え」もありますが、
    最終的には、それらを帰納的に集約した所の
    「世間、あるいは世界一般がどう考えるか」
    が今回の論点だったのでしょう。

    長々と書きましたが、
    まぁ、私が書いていることも、
    今更上記の集約的意見には
    何ら寄与すべきものではありませんので、
    ほぼ意味を持たない駄文なのですが、
    プロの「デザイナー」だからこそ、
    一般の人の考えに作用する様なデザインで
    訴えかけてほしいと思います。

    「デザイナーだからどうこう」ではなく、
    全ての職業は、最終的には一般の人に
    何らかの形で寄与すべきものだと思います。

    その視点を忘れた時、
    専門職だからこその間違った頑なさが
    生まれる気もしませんか?

    私の学校に、最終学歴の偏差値は高いのに
    教え方はどこか独りよがりで、
    授業が分かりにくい先生がいます。

    その先生はよく
    「分からないのは自分で考えろ」と
    言っていますが、万事そうでしょうかね。

    私はやはり、プロだからこそ、
    その世界の門外漢にもきちんと
    分かるようにしてもらいたいですが……。

    メタファーとしても適切がどうか分かりませんが。

    お考えの一助として頂ければ幸いです。

    • 夏休みの夜更かしさん、コメントありがとうございます!

      そうですね。かれこれ、この記事を書いてから1年ぐらいたちました。
      佐野さんが盗用したかどうかは、本人しかわからないことですが、もちろん盗用したのであれば駄目なことです。
      何かの作品に影響を受けたというレベルであれば、個人的にはOKだと思います。(僕らは芸術家ではないので)

      で、基本的にグラフィックデザイナーの仕事は、世間一般の人がクライアントの場合がほとんどです。
      なので、僕らが通常仕事をする時は、一般の方にどのようにイメージされるかというのをいつも考えてデザインしています。
      反対にクライアント(一般の方)のことを考えてデザインできないデザイナーは、駄目なデザイナーだと個人的には思っています。

      なので、夏休みの夜更かしさんのおっしゃられる
      >「デザイナーだからどうこう」ではなく、
      全ての職業は、最終的には一般の人に
      何らかの形で寄与すべきものだと思います。
      その視点を忘れた時、
      専門職だからこその間違った頑なさが
      生まれる気もしませんか?

      というのはその通りだと思います。

      今回のオリンピックエンブレムの場合、僕らが通常やっているような、どこかのお店のチラシを作ってロゴを作ってみたいなことではなく、審査員が著名なデザイナーで、その審査員に向けたデザイン、コンペであった側面があるので、一般の人には理解できない色々な問題が起こったのかもしれませんね。どちらかというとグラフィックデザインの仕事の中では、とても稀なケースになるかと思います。

      僕はもちろん、こういったコンペなどに参加したことが無いので実際のところはわかりませんが、日本全国にいる大多数のグラフィックデザイナーは、大抵一般のクライアントや企業を相手に今も仕事をしています。なので、みなさん一般の方にどう伝わるかというのいつも考えてお仕事しているのではと思います。

      それでは、また遊びにきてください!

  61. あれから一年経過したので、経緯も含めて冷静に思ったこと。

    佐野氏のエンブレムは、彼らの言葉を借りると日本の素人には受けが悪かった、たくさんの方がコメントを残しているが、第一印象は葬式。しかも説明がまた上から目線で、受ければ受けるほど嫌悪感を増していった。
    これはデザイン業界が佐野氏を追い込んだとも言える。会社のロゴなどなら深い意味を隠していてもいいが、オリンピックである。趣旨が違うものを同列に、しかも「プロから見れば良さがわかる」という言い訳。この時点で選考基準が誤っていた。選考もウソの塊だったと後からバレルが。

    結果、匿名の人間による粗探しが始まる。そして出るわ出るわ。
    はっきりいって、他人の写真を無断で使用して金を稼ぐ、もはやデザイナーではなく、佐野氏は窃盗犯だった。

    この時点で、デザイナーの感性よりも素人の「あ、こいつの言い訳おかしいな怪しいな、こういうやつは他になんかある」という直感が正しかった。こういう直感って、だいたい正しいんだよね。一般人はそんなにバカじゃない。

    プロから見てよくできていても、素人がなんかおかしくね?って思う直感の方が、たいていは正しい。
    私は自営業だが、仕事をするときに素人の直感をさりげなく聞いて、危険を感じた場合は慎重になる。逆にプロが危険と感じたことにはチャレンジする。
    プロが手を出さないところにはお宝が眠ってることがある。

    素人を舐めてはいけない。
    そして、どんな時も誠意を持って仕事を遂行する。
    その2つを見失った佐野氏は当然の報いを受けたと思う。

  62. 久しぶりにお邪魔します。
    Yoshinari.Tさんより驚きのお返しコメントに恐縮しています。

    多摩美では大変な事になっているようですね。
    また日本工業大学? 展示品が出火し幼い男の子が犠牲になる報道に接し昨今は大学で何を教えているのだろう。不思議で考えにくい事態が現実となり教育機関では大切なものを満足に教えていないのだろうか。徒弟制度が健全であるなら考えられない事態を現実にしている。未来に及ぶ危惧に苛まれ憂いに支配されています。<命に関わる事件です。>看過できないが個人では何も出来ないのでせめて思いを綴らせて頂きます。

    佐野研二郎教授の葬儀?――何ですか? 呆れる真似が平然と出来たものだ。
    学生達には先輩であり教授ではないのですか。<やり方が間違っている。学生はクリエーターの卵達ですよね。>
    イベント発起・発想から実施へのプロセスが気になるところです。優秀な美術大学と考えていたが真っ当な良識を持つ学生は潜み隠れ機能しない大学でしょうか。慶応大学にも東京大学にも残念な学生がいるようだ。未来を失っているかのように学生側が歩む道を見誤っている。

    世間、社会、巷は「エンブレムのデザイン」を蚊帳の外にしてはデザイナーに非難を浴びせている。<盗作疑惑のデザインが嫌い。そのデザインをしたデザイナーが嫌いだからデザインが尚更嫌い。>「坊主憎ければ袈裟まで憎い。」を倣うように非難していると見える。その風潮が健全に大学で学ぶ学生を腐敗させたのだろうか。
    穿った見方をすれば、社会に蔓延する風潮に物事の判断を見誤った学生たちこそ被害者にも映る。
    基軸は見誤ることなく「エンブレムのデザイン」であり、デザイナー個人を論じても仕方がない。人となりを知らない方を非難も擁護も出来ない。
    具現化されるデザインに対し評価判断に及ぶ意見を語る事は許される。その意味でこちらのサイトは自分が思う良識を投稿できる数少ないサイトと考えています。
    良識を投稿するのに「素人」「プロ」厳密には関係無いでしょう。欲を言えば良識に及ぶ節度は求めたい。<自らも戒>

    「取り下げられたデザイン。」――取り下げられた事が惜しいデザインとして残念に思う。
    「新しいエンブレム。」―――指摘する問題。違和感はありません。新たに承認された公式エンブレムです。
    ちなみに佐野デザイナーの過去の仕事に於いて問題視するのは著作侵害に及ぶ「トートバック」のみと考えています。問題はあっても適正に処理されたと判断しているので騒ぎになりましたが世間社会が問題視する必要はないでしょう。
    著作権利保持者とクライアント・ビール会社の権利侵害に及ぶ係争問題でありデザイナー個人は事実関係の証言求められる参考人の図式になるはずです。社会が関わる理由はないでしょう。
    それ以外のデザインに問題とする根拠が判断できません。判断の基軸は「具現化されたデザイン。」でありデザイナーの資質は語れません。デザイン具現化に及ぶプロセスは好奇心として個人的には関心を抱きます。

    鬼畜同然の犯罪者でも絵が上手な囚人は沢山いますよ。絵が上手に描けない方でも批評家にはなれます。――注目評価される対象は「描かれる絵」であり「評論の内容」であって制作発表発言の当事者が五体不満足であっても問題はないでしょう。
    ドイツ:ワーゲン社の旧ビートル。デザインに関わったのはヒトラー率いるドイツ軍のはずです。多くの方が乗っている優秀な車を非難しますか。ナチスドイツを連想させたアイドルグループの衣装は非難するのでしょう。<アイドルだからこそ問題になるのは当然と考える。>
    市長賞で話題になったお祭りの写真。遺族に確認を取り笑顔の被写体が肖像権に問題が無いのであればコンテスト応募作品として評価されるものでしょう。
    個人的な想念に及ぶ好悪判断は極めて個人の問題。判断に必要な良識こそが問われているのだと思う。――EU離脱のイギリス。トランプ新大統領の選出。政務活動費の不正と横領を現実にした地方議員・東京都知事を選出したのは有権者ではないですか。―――判断に必要な良識を持ち合せた上で有権者が判断選出したのです。当選し決定し選ばれた事実は嘘には出来ない。(補欠選挙。やり直しは出来るようです。)
    2015年9月IOCより公式エンブレムとして承認受けたデザインが取り下げられた。――国民の理解が得られなかった。――取り下げる理由は<理解できない国民が問題?>or<国民の理解誘う努力足りなかった組織委員会が問題?>―――どちらにせよ。デザインに問題があるとは言っていなかった記憶がある。

    佐野研二郎教授の葬儀?――看過できない明らかな「名誉棄損。」法廷で争われ明確な判決が予想される愚行として見ています。
    不明確事項として、「エンブレムデザイン盗作疑惑」における調査委員会が発足していると聞き及ぶがその結論は示されただろうか。○○大学教授が並ぶ有識者の集まりと記憶していますが、結論は導けるだろうか。有識者ご自身の大学、学生たちが「愚行に走る“おいた”」をしているのでは調査委員会に出席出来ないのではありませんか。<穿った見方>

    <盗作疑惑のデザイン>を総括するには、まだ機が熟していないのでしょう。
    また、総括する必要もない事でしょう。

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